アルベルト・シュバイツァー ④ 熱帯の夜に奏でられるバッハ
シュバイツァー博士は、まともな診療所も機材も、薬品までもが整っていない中で最初の手術を行うことになります。
現地に住む多くの病人たちは、陸を通る道がないため、何百kmも離れた村からカヌーに乗せられ運ばれてきます。そして、病人が治るまでは家中の者が泊まり込む状態なのです。
病院、病室のないところで・・・
「気候は暑いし食べ物や寝泊まりも大変だ。早く病院を作らないと!」
薬や包帯はたちまち不足。注文を出していますが、早くても3,4ヶ月しないと品物は届かないでしょう。適当な薬が手元にないので、イワシの缶詰の油や石けんなどを使って、手製の治療薬を作ったりもしました。
そうこうしているうちに、
「新しく来たお医者さんは大したもんだ」という噂がオゴエ全域に広まりました。
最初の大きな手術は腸閉塞。どういうわけか、この病気は中央アフリカに多いのです。腸がねじれて詰まり、ガスが溜まってお腹が膨れ、病人は恐ろしく苦しみます。
数日のうちに手術をしないと、病人は苦しみ悶え、死んでしまうのです。
しかし、
設備が整っていない…
助手が足りない…
そして何より、博士自身、そんな手術は手掛けたことがありません。それでも、幸いにして、麻酔をしお腹をたちわる手術は大成功したのです!
「もう痛くないっ!もう痛くないっ!先生、ありがとう!」
病人も付き添いの者も麻酔を知らないので、「このドクトルは魔法使いだ」と大騒ぎ!こんなことが度重なって、博士はやがて黒人たちからオガンガと呼ばれるようになっていったのです。
現地黒人の労働者たちは呆れるほど働きません。もっとも、ただ怠け者だといったのでは気の毒なのです。
彼らは着るものも食べるものも住むところも、たいして心配のない熱帯地に暮らしています。気ままな、昔ながらの暮らしをしている原住民なのです。
それでも、1日でも早く病院を作りたい。ちょっとでも目を離すと怠けてしまう。シュバイツァーは自分でもシャベルをとって働かざるを得ませんでした。
ある晩、やっと1日の仕事が済んでこれから休もうとしていた時に、暴れて困る精神病の患者が連れて来られました。黒人たちは盛んに火を焚いています。そばのヤシの木には1人のおばあさんが縛りつけられていました。
シュバイツァーが「おばあさんを離してやれ」と命じると、黒人たちはこわごわ縄を解き、その瞬間、ギャーと凄まじい叫びをあげておばあさんは博士に飛びかかります。
黒人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り…
シュバイツァーがすかさずモルヒネを注射すると、おばあさんはみるみる大人しくなり、間もなく静かに眠りにおちました。
このおばあさんの治療に成功した博士の名声はいよいよ上がり、そういった精神病の患者たちが次から次へと連れて来られます。
そんなある日、
担ぎこまれてきた老人には、モルヒネもスコポラミンも、他の薬も全く効きません。助手のヨセフは言います。「ドクトル、あの男は毒をもられて気が狂ったんですよ。だから何をしてもダメでしょう。」
助手の言った通り、その病人は2週間のちに死んでいきました。後で聞いたところによると、この男はひとの奥さんをとったために毒を盛られたということでした。
その後も病人は増えるばかりです。シュバイツァーはこう思います。「自分は医者なのか?それとも土木監督なのか?」と。
原住民たちの無知や惨めな生活の姿に、どうしようもなく心が滅入ってしまうこともあります。
そんなとき、博士はみんなが寝静まってから、あのビドル先生に贈られたピアノの前に座りました。熱帯の大自然の夜の静けさの中に、荘重で美しいバッハの音楽が、遠くこだましていきます。
それをじっと聴きいっていると、彼の沈んだ気持ちも慰められ、また新しい勇気が湧き上がってくるのでした。
アルベルト・シュバイツァー ⑤ アフリカのランバレーネで永眠