遺書と遺言書の違いは?
万が一の時に備えて、元気なうちから「終活」をしておこうと考えている方もいるのではないでしょうか。自分の最期に向けて、財産を整理しておいたり相続がスムーズにいくように遺言書を残しておいたり…でも、遺言書 (ゆいごんしょ) とはいわゆる遺書 (いしょ)とは異なります。どう違うのでしょうか?
遺書と遺言書の違いは?
「遺書」とは、「死ぬ」「亡くなる」ことを前提に自分の気持ちを家族や関係者に手紙に託すことです。決まった形式や書かなくてはならない内容が定まっているわけではありません。そして、(死を前提として) 言い残す言葉を一般的に「遺言」と言いますが、遺言を記載した書面はすべて遺書となります。遺言は、「紙」に書かれているケースもあれば「録音」や「口頭」「メール」で伝えられるケースもあります。どのような形でどのような内容を残すかはその人次第です。
別の言い方をすると、遺書のうち民法が要求する一定の方式にしたがって作成された書面及びその内容を遺言といい、その書面を「遺言書」と言うこともあります。ちなみに、自殺する人は遺書を書きますが遺言書は書きません。遺書には「身の潔白」「加害者への避難」「恨み」「家族への想い」などを綴りますが、「財産の配分・処分」についてはほどんど書きません。
内容はどう違う?
遺書の内容は自由です。たとえば、ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルは、「自分が築いた巨万の富を基金として、これを投資した利子を毎年人類にもっとも貢献した人々に配分するように」と言い残しました。これが遺書です。作家の太宰治は妻に、「あなたを嫌いになったから死ぬのではないのです。小説を書くのが嫌になったからです。」と遺書を残しました。武将たちが残した辞世の句も、広い意味では遺書と言えるでしょう。
一方で、法的な効力を有する遺言の内容は自由というわけにはいきません。民法では、遺言できる事項が法定化されています。たとえば、「息子たちは協力してお母さんを大切にすること」と遺言書に記載しても、それ自体は法的な効力があるわけではありません。
遺言書を作るべき場面とは?
たとえば、法定相続制度に従いたくない時は遺言書を作成する意味があります。
「遺書」や「無効な遺言書」の意味は?
民法の方式に則っていない「ただの遺書」、あるいは「法的には無効になってしまった遺言書」には何の意味もないのでしょうか?たとえば、相続人が長男と次男で、遺産が自宅の土地建物と預金だけという場合、押印のない自筆証書遺言に「自宅は長男に、預金は次男に」と記載されていても法的には無効です。そういった意味では、両者とも法的には無意味とも言えますが、故人の意思を残すという意味ではけっして無意味とも言えません。裁判で争うことなく、個人の意思をしっかりと汲み取ってもらいたいものです。
おわりに
遺書と遺言書の違いはざっと以上のような感じですが、残す書面をどちらかひとつだけにしなくてはならないわけではありません。遺産の相続についてはしっかりと「遺言書」を作成しておき、愛する家族に伝えたい気持ちは別個の「遺書」に残せばいいのではないでしょうか。
遺書とは、死後のために書き残された手紙のこと。主に自殺者や死を覚悟した人が残す手紙のことです。そのため、その内容は残された人にどうしても伝えたいプライベートな内容で、お別れの言葉を記した内容が主になるかと思います。人はいつどんな形で亡くなるかわかりません。定期的に更新しながら綴ってみてはいかがでしょうか?そうすることで、「自分の人生」を見つめ直し、「感謝する心」が芽生えてきますよ。