要介護4のベテラン女優「赤木春恵」さん、心の支えは福山雅治

 

「いろんな出会いがあるから人生って素晴らしいのよ!」
 
以前、こう熱く語っていらっしゃったのは女優の赤木春恵さんです。『3年B組金八先生』の君塚美弥子校長、『渡る世間は鬼ばかり』の姑・小島キミ役などの演技が誰の目にも浮かんできますよね。

そんな赤木さんは、長年にわたって「女優」というお仕事に心をときめかせてこられました。ある時は乳がんと果敢に闘い、見事克服されもしました。

 

 

 

赤木春恵さんのプロフィール☆

 

・本名:小田章子 (おだあやこ)

・誕生日:1924年3月14日

・出身:満州国

・身長:152cm

・デビュー:1940年

 

 

 

 

 

突然の乳がんも「前向き」に乗り切る!

「人生って本当に、何が起こるか分からないですね。つくづくそう思います。」

 

82歳のとき、赤城さんは乳がんになりました。痛みや痒みはない。でも、左胸にしこりが。不安はあったけど、2カ月後には舞台の仕事がある。病院に行けば、おそらくドクターストップで降板……

黙って舞台をやり遂げようと思ったんです。幕が開いてから、娘に電話して「千秋楽後に必ず検査するから」って約束しました。

 

診断の結果はやはり乳がん。すぐに手術が必要でした。お医者さんには2種類の方法があると言われましたが、赤城さんが選んだのは左乳房の全摘出。未練がましく残して転移を気にするのは嫌だったから「スパッときれいに全部取って下さい」って。

母が丈夫に生んでくれたおかげで、もともと身体は強いんです。人生初の大病でしたけれど、手術の日もケロッとしていました。麻酔から覚めたときも、最初に「みんなご飯済んだの?」って言ったんですよ。どうも周りのことが気になっちゃっう性分なのかしらね。

 

「覚悟ができてる」って言われたけどそうじゃないの。明るい人生や生活って、どんな気持ちで生きているか次第。今では、乳がんの発生率は4人に1人ですって。中には亡くなる方もいるし、闘病生活を送っている方も多いでしょ。

それぞれの事情や生活があるとは思うけれど、まずは早く見つけて抵抗なく手術を受けること。それが何より大切なことだと思うんです。乳がんといっても、それで人生終わりじゃありません。落ち着いて、自分に合った一番の方法を選んでほしいと思うんです。明るく前向きにね。私のような年齢で病気になっても、こうして前向きに生きられるんですから。

 

実は、こういう考え方をする人って、私と同じ職業の人たちにはけっこう多いのよ。特に女優って「おしとやか」というより、さっぱりとしてどこか男性的な方が少なくない。「潔さ」とでもいうのかしらね。

皆さん、心の芯がしっかりとしているんです。そうでないと、なかなか難しいところもある仕事ですものね。

 
 
 
 

映画「ペコロスの母に会いに行く」

 

2013年、赤城さんは映画「ペコロスの母に会いに行く」に89歳で映画初主演。話題となりました。それまでの世界最高齢映画主演女優は82歳で映画初主演を果たした菅井きんさんだったので、その記録を更新したことになります。

 

 

映画の出演自体は33年ぶり。

(申請されていればギネス記録になります)

撮影は2012年9月〜2013年2月にかけて行われ、東京と長崎を何度も往復したそうです。

 
 
 
 

赤城さんのプライベート

赤木春恵さんの孫は俳優として活動している野杁 (のいり) 俊希さんです。舞台を中心に活動している俳優さんです。今後、テレビ出演があるかもしれないですね。

 

ところで、赤城さんは2009年に「徹子の部屋」に出演された際、「私は愛煙家だ」とおっしゃっていました。すごいパワーです (笑)。今さら辞める必要はなさそうですね!

私生活では、娘夫婦 & 孫2人と同居しており、「できるだけ家族に迷惑をかけずに生活したい」と日頃から心がけているそうです。

 

 
 
 
 

パーキンソン病も…福山雅治と文通交流

2017年3月、93歳となった女優の赤木春恵さんは要介護4でパーキンソン病を患っているそうです。ちなみに要介護4とは、排泄や入浴など生活全般において介助や手助けが必要な状態を指します。

2015年9月に自宅で転倒し大腿骨を骨折したことで、自分で身の回りのことをすることが困難になったのです。骨折のリハビリに励もうと思った矢先、医師からパーキンソン病であることを診断されました。

 

パーキンソン病とは、脳の異常が原因で体の動きに障害が出る病気で、高齢者に多いとされています。赤木さんの場合は「手の震え」で症状が現れ、「少しずつ硬直していってる」ようです。

そんな赤木さんの励みとなっているのが、歌手の福山雅治さんの存在です。3年前の映画祭で1度だけ会い、そこで福山さんから新作のCDを受けとったといいます。常日頃から「出会い」を大切にしている赤木さんは、すぐにお礼状を送り、それをきっかけに文通が始まったそうなのです。

 

「福山さんとのやりとりが大変心に刻まれたようだったんですね」

赤木さんにとって、年の離れた福山さんとの交流は、とてもいい刺激となっているようです

 
 
 

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