黒柳徹子さんの特異な才能とユニセフにかける思い

ギネスにも登録されている長寿番組「徹子の部屋」の司会を務めるタレントの黒柳徹子さんは、ベストセラー作家でもあり、若い頃は女優としても活躍されていました。

(1984年からはユニセフ親善大使として世界を舞台に活躍)

 

近年は、高齢であることもあり、「最近滑舌が悪くなってきているけど何か障害があるのでは?」「認知症の兆しなのでは?」といった心配する声も挙がってきています。

 

しかし本人いわく、「60歳を過ぎた頃から使用している入れ歯が合わなくなってきたのよ」と一笑。

 

本当にそうであれば安心ですね。

(新しい入れ歯、買ってくださーい)

 

 

ここでは、あまりにも超人的な活躍を続けている黒柳徹子さんの「ユニセフにかける思い」「溢れんばかりの才能」についてまとめてみました。

何か一つでも参考になることがあれば幸いです。あなたの心に光が射すことを願って…

 

 

 

 黒柳さんがユニセフ親善大使に選ばれた理由 

黒柳徹子、ユニセフ親善大使での実績

黒柳さんがユニセフ親善大使としてアジアから初めて任命された理由は、黒柳さんの子どもへの愛と、障害を持つ人々や環境への広範囲な活動が高く評価されたから。

 

親善大使に任命されて以来、ユニセフを通して子どもたちを救うことは黒柳さんの最も重要な目標となりました。

毎年のように世界各地を飛びまわっている黒柳さん。彼女のこうした地道な活動が、メディアを通じて多くの人々の目に触れ、アフガニスタンやソマリアなどにおける貧しい母子たちへの支援に大きく繋がっているのです。

 

 

 

 生まれ持った才能、「伝える」力 

アジア初のユニセフ親善大使となった黒柳徹子さん

黒柳徹子さんは、高名なバイオリニストの娘として東京に生まれます。東京音楽大学ではオペラを専攻し、夢だったオペラ歌手への道は残念ながら開かれませんでしたが、その後、東京の劇団文学座とニューヨークのMary Tarcaisスタジオで演劇を学び、女優として活躍していくことになります。

 

しかしながら、

彼女が持って生まれた才能は、女優の枠をはるかに超えていました。「日本人が最も好きなテレビ司会者」に選ばれること10回以上。日本のテレビ界において最も栄誉ある放送文化賞も受賞しています。

トーク番組『徹子の部屋』は、1976年から今日に至るまでほぼ毎日放送され、日本でアーティストとして活躍する人々に贈られる数々の主要な賞も受賞されました。

 

また、黒柳さんの幼年時代を描いた自伝『窓ぎわのトットちゃん』(1981年)は戦後最大の大ロングセラーで、単行本・文庫本合わせて累計800万部以上を発行。世界35カ国以上で翻訳されています。

『トットちゃんが出会った子どもたち』(1996年)、『トットちゃんとトットちゃんたち』(2001年)、『トットちゃんと地球っ子たち』(2012年)では、ユニセフ親善大使として子どもたちのために世界中を視察した様子が紹介されています。

 

2003年には、長きにわたるユニセフ親善大使としての功績を称えられ、日本政府から瑞宝中綬章を授与。また、2015年には文化功労者にも選ばれています。

 

 

 

 視察の足跡 

ユニセフ親善大使黒柳徹子の功績

 

視察先 期間
1 タンザニア 1984年8月12日~18日
2 ニジェール 1985年6月16日~20日
3 インド 1986年9月13日~18日
4 モザンビーク 1987年10月5日~10日
5 ベトナム/カンボジア 1988年11月28日~12月6日
6 アンゴラ 1989年10月23日~28日
7 バングラデシュ 1990年11月21日~27日
8 イラク 1991年7月20日~25日
9 エチオピア 1992年8月23日~29日
10 スーダン 1993年12月2日~8日
11 ルワンダ/旧ザイール 1994年9月15日~19日
12 ハイチ 1995年10月24日~31日
13 旧ユーゴスラビア 1996年5月22日~29日
14 モーリタリア 1997年11月19日~24日
15 ウガンダ 1998年9月18日~23日
16 コソボ/マケドニア/アルバニア 1999年7月23日~29日
17 リベリア 2000年8月18日~24日
18 アフガニスタン 2001年7月21日~26日
19 アフガニスタン 2002年2月2日~7日
20 ソマリア 2002年7月25日~31日
21 シエラレオネ 2003年7月17日~21日
22 コンゴ民主共和国 2004年8月5日~12日
23 インドネシア 2005年2月2日~5日
24 コートジボワール 2006年6月7日~14日
25 アンゴラ 2007年11月16日~24日
26 カンボジア 2008年6月18日~26日
27 ネパール 2009年5月24日~30日
28 ハイチ 2011年4月4日~8日
29 日本(女川町/山元町/亘理町) 2011年6月15日
30 南スーダン 2013年3月14日~20日
31 フィリピン 2014年6月13日~20日
32 ネパール 2016年3月10日~14日

 

 

 

 まとめ 

鉄人黒柳徹子の貧困を救う活動

 

「1984年に私がユニセフ親善大使になってから、たくさんの皆様が私を信頼してくださり、子供たちのために多くの募金を送ってくださいました。」

「30年の間に50億円というものすごくたくさんのお金を皆様からお送りいただきましたこと、心からお礼を申し上げます。」

 

 

黒柳徹子さんは幼い頃、お土産にもらったパンダのぬいぐるみがきっかけでパンダの研究を始めたそうです。当時日本では知名度の低かったパンダを紹介し、現在のパンダ人気の楚を築くと、その後日本に初めて「カンカン」「ランラン」がやってきて日本中がパンダブームで湧き上がったのです。

 

そんなパンダ愛を持つ徹子さんは「日本パンダ保護協会」の名誉会長も務めておられます。

 

類まれな才能で社会に大きく貢献し続けている黒柳徹子さんの行動力を、私たちも見習わなければなりませんね

 

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