アンチをファンに変えたイチローの生き様

 

「50歳まで現役」を公言していたイチロー (当時44歳) をチーム大改革の旗印の下解雇したマイアミ・マーリンズのCEOデレク・ジーター。

ニューヨーク・ヤンキースで選手として大活躍していた頃は「紳士」として評判だった男が、相次いで主力を放出する強行策に「カネの亡者だ」などと非難の声が挙がっています。

 

 

マーリンズ時代のイチロー

伝説的なメジャーリーガーとなった鈴木一郎さん。通称イチローは、メジャー通算3000本安打を達成し、若手選手のレジェンドとなりました!そんな彼は、どのチームでもチームメイトに慕われてきました。

マリーンズ時代、オズナ選手はイチローの遠投を学び、スローイングがみるみる上達!衰えない身体能力にバリー・ボンズコーチは脱帽!「イチローに教えることは何もない!」

 

そんなイチローは、地元アメリカの大学生にも大人気!「あのイチローがここにいる!」「将来殿堂入りする打者と対戦できてとても光栄です!」

また、他競技のアスリートたちもイチローと会えることに感激!まさに、40代前半の現役アスリートにしてレジェンドとなったのです。

 

 

 

アンチをファンに変えたイチロー

2017年、シーズン終了とともにマーリンズをクビになったイチロー (2018年は古巣シアトル・マリナーズへ)。そんなイチローに関して、マーリンズの球団社長であるサムソン氏は次のように語っています。

「イチローは、30球団どこに行ったとしてもチームに利益をもたらす。」

 

 

そこまでイチローを信頼し、高く評価しているサムソン氏ですが、10年前はかなり批判的でした。2007年のシーズン中、シアトル・マリナーズがイチローと5年90億円の契約を更新した際、当時すでにマーリンズの球団社長に就いていたサムソン氏は地元のラジオ番組でこう痛烈に批判していたのです。

 

「これは世界の終わりに違いない。何かの間違いだろうと。トップバッター(1番打者)にあれだけのお金を払うなんて…。」

「それにイチローはチームを優勝に導いていない。こんなことをやっていたらメジャーは潰れてしまう。どう考えても経営のミスとしか思えない。」

 

そう辛辣な言葉を並べていたサムソン氏ですが、実際にイチローと3年間を過ごしたことで、見方が大きく変わっていったのです。

「イチローは毎日、常にプレーする準備が整っていました。4打席だろうが、1打席だろうが、9イニングであろうが、3球であろうが……どんな状況であっても準備する姿勢に変わりはありませんでした。」

 

 

「このことは、野球界において非常に稀だと思います。与えられる役割に対して、多くの選手が準備をしているわけではありません。でもイチローは、キャンプ初日だろうが、開幕日だろうが、シーズン中の150試合目だろうが、いつも変わらず準備をしていました。」

「彼にとっては毎日がチャンピオンシップだったのです。イチローは、マーリンズの選手たちにいかなるときも準備することの大切さを教えてくれたのです。」

 

 

 

 

選手としての見事な幕引き

2018年、シアトル・マリナーズによるイチローの選手としての幕引きには見事なものがありました。引き際 (引退) は、本人にとっても組織にとってもとても大事なことです。

この方法を間違えると、組織のイメージダウンになるどころか組織の成長に悪影響を及ぼしかねません (サッカー日本代表監督だったハリルホジッチ氏の電撃解任劇は、日本サッカー協会の対応のまずさを露呈しました)。

 

しかし、シアトル・マリナーズによるイチローの選手としての幕引きの仕方はこれ以上ないほど見事なものだったのです。イチローは球団会長付特別補佐というポジションに就任し、外野・走塁・打撃をサポートし、選手とスタッフに対してアドバイスする役割を担うことになります。

そして何より、(今シーズンはベンチ入りできず、試合にも出場できないのですが) これまで通りロッカールームを使い、他の選手とともにユニホームを着て練習することができるのです。さらに、2019年シーズンの試合出場の可能性も残されています。

 

 

こうしてイチロー引退に関する報道は、「実質引退を電撃発表」「今季絶望」といった内容ではなく、「生涯契約」「特別補佐就任」という印象の良いものになったのです。

 

 

 

 

おわりに

当のイチローは、「少なくとも50歳まで現役を続ける!」という誰も成し遂げたことのない目標を「野球の研究者として」ひたすら極めていくといいます。

「マリナーズから言われれば断れない」と発言するなど、頼りにされたら嫌とは言えないイチロー。本来であれば、マリナーズにとどまるよりも日本プロ野球界に復帰した方がより高い契約金額を得られたことでしょうし、選手としてあと数年間は確実にプレイできたのかもしれません。

 

それでも、彼がそうしなかったのは「カネ」と「名誉」に興味がなかったからだけでなく、唯一こだわっている「50歳まで現役を続けて野球をやり続ける!」という目標を実現するためにあったのです。

 

 

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