天才革命家スティーブ・ジョブズの生き様と名言に学ぶ

 

今や世界一の巨大企業となったアップルの創業者スティーブ・ジョブズ (1955〜2011年・アメリカ) は、革新的なスマートフォン「iPhone」など未来志向の製品を次々と世に送り出してきたIT界の巨人です。

彼の天才的な発想と感性が、世界中の人々の暮らしを大きく変えたと言っても過言ではありません。そんな彼の人生から、いくつか学ぶべきものをここにまとめてみました。

 

 

飛び抜けた変わり者、ジョブズ

スティーブ・ジョブズは若い頃からかなりの変わり者として知られていました。ヒッピー文化に心酔し、晩年まで様々な宗教の教えに並々ならぬ関心を抱いていました。

特に、禅仏教に強く傾倒し、カリフォルニア州で布教していた曹洞宗の禅僧・乙川弘文(おとがわ こうぶん)師を心から慕い、1991年に結婚した際には仏前結婚式を執り行ったほど。

 

iPhoneをはじめ、アップル社が生み出す製品の操作性がシンプルな理由は、質素であることに美を見出す禅の思想に深く影響を受けています。

また、彼はインドの偉大なヨガの伝道師パラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』を座右の書としており、私物のiPadに入れた唯一の電子書籍だったと言われています。

 

 

 

がんに負けたジョブズ

食生活においては、大学生の頃からベジタリアンになっていったと言われています。ヴィーガン(厳格な菜食主義者)、フルータリアン(果実食主義者)、マクロビオティック (玄米菜食主義) などの要素を次々と食生活に取り入れました。

ただし、本来ヴィーガンは動物性の食品をまったく摂らないのですが、ジョブズは魚介類に限っては許容し、寿司を好んで食べていたようです。

 

そんな健康志向の食生活を送っていたジョブズですが、2003年にすい臓がんが発見されます。幸い、進行が緩やかな神経内分泌腫瘍で、通常はすぐに手術すれば回復することが多い症例でした。

しかし彼は、周囲の人々のアドバイスを押し切って手術を拒否。菜食、ハリ治療、ハーブ療法、心霊治療、民間療法などの代替療法に頼りはじめるのです。

 

そして9カ月後、検査でがんは大きくなっていました。結果的に手術を受けることになりますが、がん細胞はすでに肝臓へと転移していたのです。

のちに彼は、代替療法に頼ったことを深く後悔したと言われていますが、それでも手術後に受けるべき放射線治療や化学療法を拒否し、医師の薦めるバランスが取れた食事も断り、菜食主義 (果物と野菜のみ) を貫いたのです。

 

その後体調が悪化していった彼は、2009年、肝臓の移植手術を受けるも2011年にはすい臓がんが再発。同年10月5日に息を引き取ったのです。

 

 

 

すい臓がんの原因の一つは糖分

実は、膵臓がんの原因の一つに “糖分摂取の過多”があることを皆さんご存知だったでしょうか?近年、膵臓がんの発症率は急増しており、その理由は果糖やブドウ糖の摂りすぎにあると言われています。

つまり、健康に良いはずの果物ですが、過剰に摂取すると「がん細胞の増殖を進める」ようなのです。こうした事実から、スティーブ・ジョブズを死に至らしめた原因の一つは「果物の過剰摂取」と囁かれているのです。

自然の産物である果物に含まれている果糖も、人工的に加工されている白砂糖も、甘いものの食べ過ぎは膵臓に負担をかけてしまうのです。何事もほどほどが一番ということですね。

また、砂糖や果糖を大量に摂取すると血糖値が下降し、低血糖症になってしまいます。これは、ジャンクフードの食べ過ぎによるミネラル・ビタミン・食物繊維の不足でさらに加速します。

 

低血糖症の代表的症状は、神経過敏・キレやすい・うつ・疲れやすい・精神的混乱・忘れっぽい・非社交的・集中力の欠如・暴力的・自殺志向など。。。

学校や社会で、なかなかなくなることのないイジメ問題も、ジャンク漬けの食生活が強く影響しています。現代の日本に氾濫するインスタント食品、コンビニフード、人工甘味料などの影響も少なくありません。

そして、こうした症状の果てに待ち受けているのが「がん」の発症なのです。

 

 

 

コンピューターの素人ジョブズ

ジョブズの人間性はお世辞にも良いとは言えないようです。いつも誰かと言い争うトラブルメーカーだったのです。そんな彼は、ほとんどプログラムを書けませんし製品を作ることもできません。技術に関しては全くの素人だったのです。

では、アップルはどうやって成長してきたのでしょうか?

 

そこには、もう一人の創業者スティーヴ・ウォズニアックの存在があります。彼がいなければ、アップルは絶対に存在し得なかったのです。このウォズニアックこそが、パソコンの原型をたった一人で発明し、作り上げ、アップルの名を世界に知らしめた男なのです。

では、いったいなぜ、性格に問題があり何の技術も持たなかったジョブズが、その後、まばゆい光を放つ伝説となり、世紀の発明をしたウォズニアックの名はその陰に隠れてしまったのでしょうか?

 

 

 

アップル成功は2人の出会いから

ウォズニアックは6歳でラジオを組み立て11歳でIQ200を超えるほどの天才でしたが、友達が誰もいない孤独な青春時代を過ごしていました。しかし1971年、知り合いの紹介でウォズニアック (21歳) とジョブズ (16歳) は運命的な出会いを果たします。

ジョブズは幼い頃養子に出されており、養父の影響で新しい電子機器に強い関心がありました。一方のウォズニアックは人と接するのが苦手な青年。ところが、2人は出会うとすぐに意気投合。

 

「名前が同じスティーヴだね」

「ボブ・ディランが大好き」

 

そして、出会ってから一ヶ月後、ジョブズはウォズニアックの天才ぶりを目の当たりにするのです。彼が作ったのは「ブルーボックス」(世界中の誰にでも無料で電話をかけることのできる違法な装置)。

ウォズニアックはわすか40ドルのお金で、たった一人でこれを完成させてしまったのです。

 

「なあ、ウォズ、これをいっぱい作って売らないか?絶対に儲かるぞ!」ジョブズの考えは的中し、「ブルーボックス」は売れに売れまくります。仕事はジョブズがとってくる、ものづくりはウォズ。まさに最強コンビの誕生です。

そして1975年、ついに二人の運命を変える日がやってきます。なんと、ウォズニアックが現在のパソコンの原型を作り上げたのです。

 

 

 

表舞台から去った天才発明家

2人は1976年にアップルコンピュータを創業すると、翌年には更に進化させた新製品を世に送り出します。マニアではない普通の人が、箱から出しただけで使うことができる世界初のコンピュータ「アップルll」。これはまさに革命で、爆発的ヒットとなります!

こうしてアップルは、創業からわすが5年で一大企業へと成長していったのです。

 

しかし、会社が成功し規模が大きくなるにつれ、ジョブズはその偏屈な性格がもとで多くの人とトラブルを抱えるようになります。「完璧主義」「攻撃的な性格」…

これが周囲との軋轢を生み、その熱意とは裏腹にジョブズの立ち位置はどんどん四面楚歌状態になっていったのです。ただ、そんなジョブズの性格を知りながらも、親友のウォズだけはいつもジョブズをかばい続けます。

 

しかしこのときウォズは「創業前にジョブズが持ってきた仕事の報酬をジョブズがちょろまかしていた」という衝撃の事実を知ることとなるのです。しかしウォズは、ジョブズの裏切りを知った後もジョブズの味方であり続けたのです。

そんなある日のこと、ウォズは事故に遭い、記憶障害が残ってしまいます (1981年)。これをきっかけに、ウォズはアップルを退社し中退扱いだった大学にもう一度入り直します。エンジニアとしての道は断たれても、経営者として会社に残る道はいくらでもあったにも関わらず。

 

このことは、ジョブズにとって大変な誤算でした。なぜなら、ウォズニアックはその人柄とカリスマ性、貢献度から多くの人に慕われていたからです。こうして、天才エンジニアは周囲の引き止めに首を縦にふることなく、表舞台から降りていったのです。

 

 

 

天才2人のその後…

一方、最高の相棒を失ったジョブズはかつてない困難に見舞われていました。心血を注いで作り上げた新PCマッキントッシュが全くヒットせず、その責任を追求され、自らアップルを去らざるを得なくなってしまったのです。

「ジョブズは終わった」と誰もが囁きます。ジョブズは落胆の中、ウォズに電話して「君がいないと僕はダメみたいだな」というとウォズは「それは違うよ。君がいなかったら僕はただのオタクのままだった。君が認めてくれたからこそ、今の僕があるんだ」と答えます。

 

さらに続けて「君に喜んでほしくて僕は作り続けたんだ。それに、君だけが今のこの流れを予見していた。アップルを作り成長させていったのは僕じゃない。ジョブズ、君なんだ。」

「ジョブズ、僕は君を信じている。他の誰が何と言おうと君ならきっとこの世界を変えられるものを作れるよ。」

 

ウォズの励ましを受けたジョブズは、その後初心に戻り新たな会社を立ち上げます。一方、二人の創業者を失ったアップルはマイクロソフトとのシェア争いに敗北し極度の経営不振。ついには倒産の危機に。

そんな中、アップルは再起をかけて、10年前に追い出したカリスマ、ジョブズを呼び戻します。

 

そして、ジョブズ復帰から3年後、iMacと名付けられた最新のコンピュータは世界的に大ヒット!さらに2001年にはiPod、2007年にはiPhoneを発表。こうしてジョブズは、自らの作品で世界に革命を起こしたのです。

そんな彼の成功を誰よりも喜んでいたのはウォズニアックでした。アップルから離れたウォズニアックは学校で子供たちにパソコンを教える活動を行う傍ら、監修やアドバイザーといった形で、今も様々な製品の開発に携わっています。

 

そんなウォズにジョブズは「アップルに復帰しないか」と提案しますが、ウォズニアックは「今の生活が大好きだから」と断わります。

 

 

影の人生から栄光を掴んだジョブズ

栄光の舞台から自ら降りていったウォズニアック

 

二人の天才どちらが欠けていても、今のアップル、そしてこの世界は存在していなかったことでしょう。

 

 

 

スティーブ・ジョブズの名言

1955年、シリア人政治学者の父と米国人大学院生ジョアンとの間に生まれた彼は、ジョアンの父が二人の結婚を認めず誕生以前から養子に出すことが決められていたため、ジョブズ夫妻に引き取られます。その後、生母と再会するのは30歳のときであり、自分に妹がいることもこの時知ります。

そんな過去を持つスティーブ・ジョブズの名言をいくつか紹介しておきましょう。

 

🔴  あなたの時間は限られている。ドグマ (既存の理論・常識) にとらわれるな。

🔵  自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。

🔴  この地上で過ごせる時間には限りがあります。本当に大事なことを本当に一生懸命できる機会はそうはありません。

 

🔵  人は生まれ、ほんの一瞬生き、そして死ぬんだ。

🔴  私たちは、他人が作った服を着て、他人が作った言葉を喋り、他人が作った食べ物を食べ、他人が創った数学を使っています。

🔵 人となりは、その人のヒーローが誰かでだいたいわかる。

 

🔴  何かを捨てないと前に進めない。

🔵  「優れた芸術家はまねをし、偉大な芸術家は盗む」とピカソは言った。だからすごいと思ってきた様々なアイデアをいつも盗んできた。

🔴  模倣する方が楽かもしれない。でも、そんなことをしても世界はよくならない。

 

🔵  夢を実現できるか否かは、途中で諦めるかどうかにかかっています。必要なのは強い情熱なんです。

🔴  私は、本当に好きな物事しか続けられないと確信している。何が好きなのかを探しなさい。あなたの仕事にも、恋人にも。

🔵  ベストを尽くして失敗したらベストを尽くしたってことさ。

 

 

関連記事: