紛争廃墟でボロボロのガザで希望の映画祭開催!
ガザは福岡市ほどの広さに180万人が暮らす、世界的にも特殊で特別な地域です。
実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとイスラエルとの間で戦闘が繰り返され、住民の多くが愛する人を失った悲しみを抱いています。
ガザの境界はイスラエルとエジプトに厳しく管理されているため、物資や人の移動は制限されています。そのため、ガザを出たことがない人も少なくありません。こうした状態から「天井のない監獄」とも呼ばれているのです。
がれきと化した建物…
徹底的に破壊された町並み…
その中に、色鮮やかなレッドカーペットが敷かれました (2015年)。イスラエル軍の侵攻で数千人が死亡してから9ヶ月…

「息抜きも必要だ」
「ガザの人々はテロリストではないんだ」
というメッセージを世界に伝えたい!
「映画は銃弾よりも早くそれを伝えることができる」
映画祭を仕切ったモジアンさんは、多くの血が流れた土地に華やかな映画祭の象徴レッドカーペットを敷いた思いをこう語っています。
1963年、ガザ南部の町ラファで生まれ育ったモジアンさんは、8歳のとき初めて映画を観ました。それまで、ラファが全てだと思っていた彼の心の中に世界が広がり、以来、映画に魅了されたのです。
彼にとって、映画は世界に向けて開かれた「窓」だったのです。
しかし、1987年に始まった第一次インティファーダ (反イスラエル闘争) で映画館に行く人は減り、その後も戦闘と破壊が繰り返される日々。。。人々は映画から遠ざけられてしまったのです。
それでも
「人は食べ物と水だけでは生きられない」
外の世界に目を向け、生きる喜びを感じるために、
「映画はなくてはならないものなんだ」
ハマスは、イスラエルだけでなく、ヨルダン川西岸を統治するパレスチナ自治政府のアッバス議長の支持基盤ファタハとも対立。
対イスラエルに加え、パレスチナ人同士による二重の対立構造が、ガザの閉塞感を一層強めているのです。
この、異常とも言える状況の中、強烈なストレスから自殺者は増え続けているのです。
2016年、そんな息詰まるような「監獄」で、一つの舞台が上演されました。
「ガザ版のロミオとジュリエット」とでもいいましょうか…
(ガザで暮らす若い男性ユーセフと女性スーハは恋に落ちるも、対立する双方の父親から反対を受ける、という物語)
男女の悲哀に満ちたシェークスピアの名作から発想を得た作品のようです。
ガザでの明るい未来を見出せない若者たちの中には、欧米への移住を強く願う者が少なくありません。
「とてもガザの状況が良くなるとは思えない」
「チャンスがあれば今すぐ出ていきたい」
「ガザ版のロミオとジュリエット」の劇中では、ユーセフもまた、ガザを出ることを決意します。
しかし、この筋書きを手掛けた人物はこう話しています。
「この演劇は、パレスチナ指導部へのメッセージです」
「若者が希望を失って出て行くようなガザにしてはならない」と…
2016年5月、ガザで再び映画祭が開催されました。社会問題を扱った作品など50本ほどが上映されました。
ガザの小さな劇場には多くの人たちが集まり、路上には今年も色鮮やかなレッドカーペットが敷かれ、「天井のない監獄」の上には夏の青空が爽やかに広がっています。
それは、武器を手に敵に立ち向かう戦闘員よりもはるかに勇敢に闘っているモジアンさんたちのおかげでもあるのです。