ナポレオンの「栄光と挫折」人生 ③ フランス革命

 

どうやら英雄らしからぬ、寡黙でとっつきにくい性格と評されていたナポレオンは、兎にも角にもパリの陸軍士官学校を卒業し、晴れて軍人となりました。

 

がその前に、士官学校に来て1年のとき、父のシャルルが病気 (胃ガン)で亡くなります。病床の父は

「ナポレオンはまだ来ないのか?あの子に会いたい。コルシカに帰ってきてほしいなぁ。」と弱気になっていたといいます。

 

しかし、士官学校には厳しい規則があり、例え親が亡くなっても外出は許されなかったのです。結局ナポレオンは父親に会うことも出来ず、大黒柱を失った家には大勢の弟と妹たちが残されました。きっと母は苦労していることでしょう。

 

しかし母はナポレオンにこう言います。

「私たちのことは心配するには及びません。お前はしっかり勉強して、自分の道を進みなさい。」

 

涙ながらにナポレオンは必死で勉強に打ち込みます。悲しみを隠し、がむしゃらに勉強するしかなかったのです。そして16歳のナポレオンは見事卒業試験に合格し、軍人になったのです。

 

 

 

16歳の軍人

フランス南部にヴァランスという町があります。そこの砲兵隊にナポレオンは配属されます。

 

 

 

「なんだ、まだ子供じゃないか」

「薄汚いやつがやってきたな」

 

ナポレオンの部下となる兵士たちは、背が低く、顔が青白く、いつも憂鬱そうにしているナポレオンを嫌がります。このように、フランスではいつも馬鹿にされてきたナポレオン。

(僕はフランスの軍隊で偉くなりたいわけじゃない。今のうちに一生懸命軍隊の勉強をして、いずれはコルシカへ帰るんだ!それから、フランスからコルシカを取り戻し、コルシカ人の国にするんだ!)

 

ここでの砲兵隊の訓練は実践さながらで、毎日16時間ぶっ通しで行われました。部下の兵士たちはみな大男で荒くれ者です。チビ助で子供のナポレオンが号令をかける様は滑稽でもあり、クスクス笑う兵士たちもいます。それでもナポレオンはキビキビと指揮し、大砲の陣地を作るときはみんなと同じように土まみれになって働きます。

 

「こいつ、綺麗な服を着て威張り散らかしている他の士官とは随分違うぞ」

 

小さい頃から漁師の子と遊んでいたナポレオンは、百姓の子である兵士たちをとてもかわいがりました。

軍隊で貰うお金は僅かばかり。読みたい本を買うために、他の士官たちは洒落た軍服を着て日曜日にはお茶の会やダンスに出掛ける中、食費を倹約し、瘦せこけながらも本を買ってひたすら勉強に励みます。

 

 

それから1年が経ち、生活は変わらずでしたが、節約して貯めたお金をコルシカの母に送ることができるようにもなりました。

 

 

 

フランス大革命

ちょうどその頃、フランスでは革命が起こります。この革命により、フランスは大きく生まれ変わりました。理不尽な身分制は廃止され、国は王のものではなく国民みんなのものになったのです。フランス人は自由になったのです。

 

(コルシカも自由にならなければならない!)

 

じっとしていられなくなったナポレオンは休みをもらってコルシカへ戻ります。家では父なき後、兄のジョセフが弁護士をしていました。

「兄さん、フランスではとうとう貴族の政治が倒されました。コルシカも目覚めなければなりません。」

 

フランス革命から一年。。。

 

ナポレオンとジョセフはコルシカの人々に立ち上がることを訴え続けます。こうして立ち上がったコルシカ人たちはついに、フランス人と同じ権利を持てるようになったのです。

 

 

 

 

フランス革命の末期、混乱するフランスに現れた英雄…それがナポレオン= ボナパルトだったのです。

 
 
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