アルベルト・シュバイツァー ③ いざアフリカのガボンへ

1913年3月、シュバイツァー博士は医師となりいよいよアフリカへ出発です。

 

彼の側には妻のヘレーネがいます。ヘレーネは、博士の行動に感銘を受け、看護師の資格を取り、一緒にアフリカに行く決意をしたのです。2人は結婚し夫婦としてアフリカへ。。。

気持ちが優しく、働き者のヘレーネは、シュバイツァーにとってなくてはならない存在。

 

妻は、これから作る病院に必要なものを全て手配してくれました。かつてのパイプオルガンの恩師ビドルは、演奏会を開いてお金を集めてくれたばかりでなく、熱帯地でも音の狂わないピアノをわざわざこしらえさせ、贈り物としてくれたのです。

しかも、パイプオルガンとしても使えるよう特別な工夫がしてあったのです。このピアノが、アフリカの原始林の中で、どれだけ博士の慰めになったことか…

 

 

3週間の船旅では、嵐にも遭いました。

ダカールの港で、初めてアフリカの地に足を踏み入れてみると、引ききれないほどの重い荷物を引かされ、ビシビシとムチを打たれている馬やロバの姿を目にします。博士は胸が痛みますが。。。

 

同行していた中尉はシュバイツァーにこう言います。「博士、動物がイジメられているのを黙って見ていられないようではアフリカには住めませんよ。もっともっと恐ろしいことがいくらでもあるのだから。」

 

 

 

酒に溺れた現地の人々

かつては栄えていた集落…

しかし、働き者だった黒人たちは、ヨーロッパから入ってきた酒に溺れ、心も体も壊してしまっています。タチの悪い白人の商人によって廃人にされていたのです。

・・・

少年の漕ぐカヌーが現れ、はるばるヨーロッパから来たお医者さんを迎えに来ました。木造りの家に案内されたシュバイツァー。

アフリカの夜は急にやってきます。みるみる真っ暗に。。。

 

すると黒人の子供たちは一斉に学校の講堂へ。夕べの礼拝です。やがてそちらの方から賛美歌の声が聞こえてきました。家の周りでは盛んにコオロギが鳴き出します。シュバイツァー夫妻は感動し耳を傾けます。

 

その時、何やらいやらしいものが壁を這い降りてきました。

 

 

クモです。ヨーロッパにいる一番デカイやつよりも大きいクモです。大騒ぎしてやっとそれを退治したと思うと、今度は馬鹿でかいゴキブリがゾロゾロと出てきました。

 

 

 

ガボン共和国

アフリカで伝染病と闘うノーベル平和賞受賞学者シュバイツァー

フランス領赤道アフリカの一部ガボン (現在は独立してガボン共和国となっています)。

 

ガボン地方の大動脈はオゴエ川です。この川の流域には多くの黒人が住んでいたのですが、奴隷売買とブランデー(お酒)のため、驚くほど人口が減りました。

奥地へは、小舟でないと入っていけません。暑さ厳しく、湿気もひどいため、穀物もジャガイモも一切実りません。

 

一年中、昼夜なしの暑さです。ヨーロッパ人は、一年もいるとすっかりまいってしまいます。博士が来るまで、この辺り数百kmにわたって1人の医師もいなかった地なのです。そんなところへ、シュバイツァー夫妻はやって来たのです。

 

 

 

シュバイツァー、診察開始!

原住民たちは、病気になると昔ながらの魔法使いにまじないをしてもらいます。そんな有様でしたから、伝染病でも流行ると惨めです。熱帯地なのですこぶる多いのです。

赤痢、マラリア、ハンセン病、ねむり病などが。。。

 

原住民たちは、それらの病気と闘う術なく、バタバタと倒れていきます。第1日目から病人に取り囲まれるシュバイツァー博士。

診察室もなく、助手もなく、言葉も通じません。通訳はいましたが、細かいことになるとまるであてになりません。器具や薬品もまだ着いていません。

 

診察室がないとはいえ、自分の部屋で診察や治療をするわけにはいきません。だって、自分たちの暮らしがメチャクチャになってしまいますから。

当然、伝染の危険だってあるのです。

 

「よしっ!」

 

彼は思い切って太陽の下で診察を始めました。灼けつくような太陽…ヘルメットをしていても長くは続きません。日射病にやられてしまうかもしれません。

 

それでもやるしかないのです。
 

 
 
アルベルト・シュバイツァー ① 心優しき少年時代

アルベルト・シュバイツァー ④ 熱帯の夜に奏でられるバッハ

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