名僧一休さんの名言から「人生を楽に生きる」ヒントを学ぶ

誰の人生にも当たり前のように起こる苦難の連続。これらツライことの一つひとつは、魂の修行とも言えるでしょう。この修行があるからこそ、私たちの魂は浄められていくのです。

私の知人に、海のように心が広く、何事にも寛容な方がいらっしゃいます。その方は若い頃、家族の死をはじめ、幾多の苦難を味わってきました。その体験から「家族とは」「人を愛するとは」などをよくよく考えさせられたそうです。

 

「それがあったから、今は誰に対しても優しい気持ちでいられるんですよ」

本気で涙を流した過去の経験が、のちの人生の肥やしになったのではないでしょうか。

 

 

今回は、「とんちの一休さん」として有名な室町時代の臨済宗の禅僧、一休宗純(そうじゅん) の言葉を紹介したいと思います。

 

 

 

「けんかをしないでくらそじゃないか。末はたがいにこの姿。」

室町時代の名僧一休宗純

この言葉は、ある人から「家宝にしたいので一筆したためてほしい」と頼まれた時に書いたもので、はじめに骸骨の絵を2つ描き、この言葉を添えたそうです。

 

喧嘩とは、お互いの煩悩 (欲望やエゴ) のぶつかり合いです。一休さんは、そこに人間の愚かさを見てとったのです。

ちなみに、2つの骸骨の意味するところは、一つは自分、もう一つは喧嘩をしている憎らしい相手。つまりこの絵は、「死から物事を見ましょうよ」といっているのです。

 

夫婦、姑と嫁、上司と部下、ご近所さん同士など、人間関係においては色々ないさかいがあります。

でも一休さんは、「お互いに行く末はこんな姿になるんですよ」「死ぬんですよ」「そう思えば、今のいさかいなんて愚かなことじゃないですか」といっているわけです。

 

私たちは自分自身のエゴをなかなか認めたくないもの。それを考えることさえ避けようとします。一方で、他人の煩悩はよく見えます。

この一休さんの言葉を思い、少しだけ思考回路を改めてみましょう。

 

 

 

「人間わずかに50年。汝、小鳥の分際で40からとは生き過ぎじゃ」

室町時代の名僧一休宗純の名言集

これは、6歳で京都の安国寺に弟子入りした小僧時代の一休さんが残した言葉です。

その日は住職も兄弟子たちも皆外出していて、一休さんが一人で留守番をしていました。そこにおばあさんがやって来て、「ペットの四十雀 (シジュウカラ)が死んだので供養してほしい」とお願いしたのです。

 

供養を頼まれた一休さんは、この言葉を言い放ち「喝!」と締めくくります。可愛がっていた愛鳥の供養は、わずか1分で終了してしまいました。

怒ったおばあさんは住職に「一休はとんでもないやつだ」と訴えます。

 

しかし住職はこう答えるのです。

「でかしたぞ、一休。それが本当の葬式だ。」

「命というものは、それぞれいただいた分だけ生きるものだ」

 

・・・

 

例えば、健康に毎日を過ごしている人が突然亡くなったとしても、それがいただいた分の命ということなのです。

仏教の世界では「定命」と言われるこの考え方を持って生きていれば、日々をくよくよ悩んでなんかいないで、死ぬ直前までよりよく生きるべきだと思えるのではないでしょうか。

 

悔いのないように、今この一瞬を精一杯生きましょう!

 

 

 

「我もゆき人もゆく。ただこれ一生は、夢の如く、幻の如し。」

室町時代の名僧一休宗純の名言集

一休さんが80歳の頃のことです。応仁の乱で西の総大将を務めた武将、山名宗全の使いが一休さんを訪ねて来ました。

「主人は病床にあり、死期が迫っています。死ぬ前に、一休禅師にお会いしたいと言っております。どうか屋敷へお越しください。」

 

宗全は戦で多くの人を殺し、また、家来たちの壮絶な死を見てきたことで「死」というものに不安を感じたのでしょう。

 

そこで一休さんは宗全を訪ね、枕元で一喝したのです。

「汝、すでに末期なり」

この言葉に続けて言ったのが冒頭の言葉です。

 

誰だって死ぬんだ。あんただけじゃない。私も逝き他の人たちも逝くんだから不安になることはない。人の人生とは夢幻だよ。

 

この言葉を聞いた宗全は安心して往生したそうです。

 
 
死を目前に控えている人に「汝、すでに末期なり」とはなかなか言えるものではありません。天衣無縫の一休さんならではの言葉ですね。

 

ここで一休さんが言いたかったことは、一生のあいだの業績などは、夢・幻であり、最も大切なことは「仏様のもとへ帰っていけることへの感謝と安らぎなんだよ」ということのようです。

 

大自然という大きな流れに溶け込む安らぎ…

 

こういった仏教の考え方に賛同できるかどうかは人それぞれですが、

私たちは自然の中でその恵みをいただいて命を育んでいるのですから、そこに帰っていく時、命を返すときにあたっては、感謝の心を思い出しましょう。

 

感謝の心と仏様にお任せする安心感さえあれば、死は全く怖くはないのです。

 

 

終わりに

室町時代の名僧一休宗純の名言集

このような逸話がたくさん残っている一休さん。

亡くなって200年経った江戸時代初期に、彼をモデルとして作られた「一休噺 (いっきゅうばなし)」によって「とんちの一休さん」が一人歩きしたようです。

 

本当の一休さんは、自らを「狂雲子」と称し、形式や権威を嫌うなど、風狂に生きた禅僧です。

彼は後小松天皇の落とし胤 (だね) と言われ、母は南朝の遺臣の娘で、懐妊がわかると宮中を追われて民家で彼を産んだとされています。

そうした出自が一休さんの反逆精神を形成したのかもしれませんね。

 

 

一休宗純のプロフィール

・生年月日:1394年2月1日

・死没:1481年12月12日

・生まれ:京都

・父親:後小松天皇

・著書:多数

・「肉を食し、女を抱き、酒を飲む」人生を生きる

 

 

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