天国に旅立った女子マネとの果たせなかった約束

「甲子園のベンチでスコアをつけたい」と夢見ていた女子マネジャーあみさんが、夏の全国高校野球地方大会予選を前に、小児がんとの闘病の末亡くなりました (2016年5月、享年17)。

あみさんの中学時代からの友人でエースの谷口君(3年)は、投球後いつも氷水で肩を冷やしてくれるあみさんの気配りに感謝していました。人一倍大きな声で選手を鼓舞するムードメーカーでもあり、最後の夏はベンチで一緒に戦うはず…でした。

小さな異変が現れたのは昨夏の大会のこと。スタンドでの応援中、背中に痛みが走ったのです。

 

 

「頑張ってあみを甲子園に連れて行こう!」

いつもグランドに響いていた彼女の元気な声は聞こえなくなりましたが、みんなは「すぐに戻る」と信じて練習に打ち込みます。2015年12月、あみさんは部員たちを集め、こう告げたのです。

「私ね、悪性の腫瘍が見つかったの。」

あみさんと部員たちの目からは涙が溢れました。重苦しい空気が漂いました。…しばらくして、主将の緒方君(3年)が声を上げます。

 

「よーし、頑張ってあみを甲子園に連れて行こう!」

 

球児の憧れ甲子園の感動話

 

旅立ちの日

2016年1月、修学旅行先の東京に、闘病中のあみさんが家族に付き添われてやって来ます。野球部の仲間たちとスカイツリーに上り、浅草寺で写真を撮りました。

はしゃぐ姿に、「夏までには絶対に治る!」。。。仲間たちはそう信じ、買ったお守りを彼女にそっと渡したのです。

しかし、

病状は好転しないまま月日が過ぎ、5月最後の土曜日、監督がこう告げたのです。

「みんなで見舞いに行ってこい」

病室に入るなり深刻さが伝わってきました。話はできず、視線も合わせられない。それでも、仲間たちのギャグに手を叩いて応えようとする彼女に、部員たちは1人ずつ励ましの言葉を贈ったのです。

「絶対甲子園に連れて行くからな。一緒に頑張ろうな。」

「夏の大会でスコアを書いてほしいんだ。勝ち進むから絶対治して!」

 

そう誓い合ったはずなのに…

 

月曜日の朝、あみさんは静かに、天国へと旅立っていったのです。

大切な人が天国へと旅立っていった朝

 

甲子園に行くことを彼女に誓う部員たち

亡くなる直前まで、あみさんは病室でプロ野球中継を見ながらスコアをつけていました。「甲子園に行ってスコアをつけられなかったら困るでしょ」と話していたといいます。

最後まで諦めなかった彼女の話を聞き、部員たちは甲子園に行くことで恩返しすることを固く誓ったのです。

あみさんの命を奪った小児がんとは

白血病、脳腫瘍、神経芽腫、悪性リンパ腫など、子どもがかかるがんの総称のことです。大人に比べがんの増殖は速いのですが、化学療法や放射線療法による治療効果は極めて高いとされています。医療の進歩により、現在では7~8割が治るようになってきたとも言われています。

 

2016年7月

「天国から見ているなら、力を貸して」

 

一回1死、エース谷口くんは、対戦相手の3番屋久くんに先制2点本塁打を打たれ、ベンチに置かれたマネジャーの遺影に視線を送ります。

昨夏までは、スタンドに元気いっぱいの彼女の姿がありました。谷口君がマウンドでピンチの時、好機で打席に立った時、いつも大きな声で励ましてくれた大切なチームメート。最後の夏も、ベンチで力強く支えてくれるはずだったのに。。。

 

「甲子園に出場して恩返しするんだ!」

 

しかし、その思いは力みに繋がり、調子が良かったはずのカットボールを屋久君に右翼席に運ばれてしまったのです。

 

 

その後も、部員全員の思いとは裏腹に、試合は終始劣勢で、終わってみれば0対10の完敗…

谷口くんたちの熱い夏は終わりを遂げたのです。

 

青春最後の夏の甲子園の涙

 

この日は試合後、墓前で勝利を報告するはずでした。球場の外に出た谷口くんはしばらくしゃがみ込んだ後、「本当に申し訳ない。それしか報告する言葉はない」と語り、こう誓うのです。

「あいつは天国からちゃんと見ていてくれる。これからの人生、一日一日を大切にしていきたい!」

 

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