臨死体験者に学ぶ「死後の世界」と「心の豊かさ」について

 

生ある者には必ず、死が訪れます。ただ正直、その先 (死後) のことは誰もよくわかっていないはずです。死んだらそれで終わりなのか、それとも、続きがあるのか…。

この問題に関しては、最新の医学でも説明することができません。これだけテクノロジーが発達した時代でも、(生と死に関する事項においては) まったく説明のつかない事象が満ち溢れているのです。

例えば、「軽い肺炎」と診断された方が入院直後に急変し、為す術もないまま、あっけなく息を引き取ってしまうケースがある一方で、重病で助からないと思われていた患者さんが奇跡的に回復し元気になることがあるのです。

中には、心肺停止の状態で脳機能に障害が出てもおかしくはないはずなのに、その後ちゃんと回復し、脳にもダメージが残らなかった事例があります。「なぜそうなったのか」は誰にも説明できないのです。

 

医学的に見て、助かりそうな人が突然亡くなったり、死にそうな人が奇跡的に回復したり、、、

肉体的には死んでいるはずなのに何日も生き続けている人だっているのです。人体はまさにミステリーなのです!

こうした事例を数多く見るにつけ、人間の生死には我々の理解をはるかに超えた「何か」が働いているのではないかと考えざるを得ないのです。

 

 

 

 

 

臨死体験をした人の話

「寿命が来れば肉体は朽ち果てるが霊魂は生き続けている」

「そういった意味では人は死なない」

 

と考えている人も多いのではないでしょうか。

 

つまり、人間には「肉体」と「エネルギー」(霊魂) が分かれているとしか思えないようなことが往々にして起こっているのです。

人は、死を目前にして「霊魂」が「肉体」から離れていくのではないでしょうか。

(例えるなら)

人が住まなくなった家はすぐに傷む…と言われていますよね。それと同様に、人の肉体は魂を宿すための「器」であり「入れ物」だから、魂が抜けかけた体はどんどんボロボロになってしまうのです。

 

世の中には、臨死体験をされた人たちが大勢いらっしゃいます。私は、臨死体験をした人の話を詳しく聞いたことがあります。それを聞いた時、人にはまさに「霊魂が存在する」ということを確信したのです。

 

Aさん (50代男性) は自動車事故を起こし、その直後に臨死を体験しました。ふと気がつくとAさんは妹と2人、大破した自分の車を空中から見下ろしていたといいます。

すると、隣にいた妹が突然「お兄ちゃんは戻りなよ」と言い、その言葉を聞いた瞬間、Aさんは車の運転席に横たわったままの状態で目が覚めたそうです。「戻りなよ」と言った妹は即死状態でした。

 

 

 

 

担当する患者から夢で別れを告げられる医師…

また、私の知人の医師たちは、口を揃えてこう言います。「担当する患者から夢で別れを告げられることがある」…と。それも一度や二度ではありません。何度もそうした夢を見ることがあるそうなのです。

こうした夢は正夢であることが多く、患者が医師に別れを告げた時間と、病院で息を引き取った時間はほぼ一致しているようです。

 

 

こうした現象は一般的に「予知夢」と呼ばれるものですが、これは、「霊魂」が生きている人の意識と繋がっているから起こり得ることなのだと思うのです。

つまり、人は亡くなると肉体という枷が外れ、霊魂が自由になり、他者の意識に共鳴できるようになるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

あの世からのお迎えは見える?

このような臨死体験について、「それは単なる脳内現象に過ぎないよ」と否定する人もいるようです。あなたはどう思いますか?

信じる信じないはともかくとして、西洋では以下のような現象がすでに認知されています。

ある方が病院のベッドで亡くなりかけていて、ご家族が臨終を看取ろうと周りに集まっている。この時、患者が見ている「あの世からのお迎えの光景」を家族も一緒に見てしまう…というものです。

 

あなたはこうした現象をどう思いますか?もちろん、科学的検証こそできていませんが、患者本人ではない第三者までもが同じ体験をするのですから、「脳内現象」というよりは、意識 (霊魂)の同調を起こしていると考えるのが自然ではないでしょうか。

確かに、人間には霊魂があるのです。

 

 

霊感が強い人は、死ぬ直前の人間の体から何かが抜け出していくのが見えると言います。言葉ではなかなか説明しにくいことなのですが、肉体から何かが「離れていく」感覚があるらしいのです。

ある人曰く、「早い方だと、亡くなる3日ぐらい前から少しずつ外れていく」そうです。これが、いわゆるあの世からの「お迎え」現象なのでしょう。

 

 

 

 

死の間際、人は何を見るのか?

こうした「お迎え現象」の一つに、患者の顔の変化があります。死の数日前になると、多くの末期患者さんの顔がほころぶことがあるのです。そしていよいよ最期の時を迎える…という瞬間になると、まるで別の世界にいるような感じで顔がほころぶのです。

その表情は「えっ」と何かに軽く驚いているようにも見受けられます。それはもしかしたら、あの世から来た「お迎え」に反応しているのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

それは、いざ自分が死んでみないとわからないことなのですが、「何か」が見えてそれに驚きを持って反応しているのでしょうね。気になります。

では、「死」によって肉体から解き放たれた霊魂はどこへ行くのでしょうか。おそらく、多くの方がいわゆる「あの世」へ行くのだと考えていることでしょう。

 

死後の世界として、古来から天国や地獄などの概念がありますが、私が考えるところ、「あの世」は決して悪いところではなさそうです。

なぜなら、臨死体験をして死後の世界を垣間見てきた人たちは、その後死を恐れなくなるからです。臨死状態に陥った人は、その間、安らぎや解放感を覚えたり、強烈な光を感じたりするようですが、いずれも不快な現象ではありません。そのため、「死はただただ恐ろしいものではないのかも」という安心感が芽生えるようなのです。

 

 

 

 

 

魂は永遠に…

 

皆さんは、「現世」と「死後の世界」はどのような関係にあるとお思いでしょうか?東日本大震災から数年経ちましたが、私は、日本人の死生観はあの3・11を境に大きく変わったと感じています。

3・11以降、多くの日本人が、それまで縁遠かった「死」を明日にでも自分を襲うかもしれない身近なものとして意識するようになりました。

 

「人は必ず死ぬ」という死生観は、言い換えるなら、人は一回きりの人生しか生きられないということです。ここで、「人には霊魂がある」という考え方も併せて受け入れてみたらどうでしょう。

「死ぬのは確かなことだけど、死は終わりではないんだ。魂は永遠に生き続けるんだ。」と考えてみましょう。この考え方は、現代人にとって大きな救いとなるのではないでしょうか。

 

「自分は理不尽な人生を送っているけれど、悠久の生の中でみてみると、そうした理不尽さという意識をあまり深刻に考えなくなるかもしれませんし、死を無意味に恐れることもなくなるでしょう。

そして、「死後も霊魂は消滅しない」という考え方に立てば、「亡くなった方は現世で自分の役割を終え、あの世で幸せに暮らしているに違いない」と思えてくるものです。「次の転生に備えている」とも思えてくるでしょう。

 

日本人は古来より、霊的感覚に鋭敏な民族と言われてきました。このような世知辛い時代だからこそ、私たちは「魂の大切さ」についてもっともっと理解を深めるべきなのではないでしょうか。

そうなってこそ、我々は本当の意味で「心の豊かさ」を掴むことができると思うのです。

 

 

 

 

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