人間成長に不可欠な「うつ」と「喪失体験」にどう向き合う?

 

「うつ病」と違って、広い意味で使われる「うつ」という言葉には、人間が何らかの挫折や喪失を経験して、気分が落ち込む状態…ということが含まれています。

こうした「うつ」は辛いことではあるのですが、ある意味、人間が人間らしくあるために必須のものであり、それを通じてしか得られない成長もあると思うのです。

 

 

 

そういった意味でも、「うつ」と「うつ病」の区別は非常に重要な問題でもあります。

「うつ病」に関していえば、確かに治療してその症状が無くなることが望ましいでしょう。しかしながら、「うつ」の大部分は、つらくはあるが人間の経験として不可欠なものでもあるのです。

 

 

 

 

 

新しい環境への適応を妨げるもの

春になると新生活が始まります。これは、希望に満ちたものであると同時に、古い環境との心理的な「お別れ」が無事に済まされていなければ大変なことになりかねません。

当たり前のことですが、新しい環境が始まったということは、古い環境が終わったということを意味しているのです。この古い環境との「お別れ」が成し遂げられていないと、「うつ」の状態に・・・

 

 

かつては真面目で心優しい性格の人がうつ病になりやすいと考えられていました。そのような人々は、所属する職場などの環境に深く献身的に働きかけているため、転勤であったり転居などをきっかけとして「うつ」状態になりやすいとされていたのです。

 

急に環境が変わり、「頭では分かっていても体がついていかない」状態に・・・

 

つまり、新しい環境に適応できるかどうかは、「真面目」かそうでないかとすら考えられていたのです。

(事実はけっしてそういうことではありませんよね)

 

 

さて、ある意味ここからが本題です!

 

「成長」に必要なもの…

それは、喪失体験です。

 

 

 

なぜ「喪失体験」が重要なのか

親しい人、慣れ親しんだ環境、大切な財産、評価や名声…そういったものを失った時に、人は強い感情を抱きます。悲しみや抑うつはもちろんのこと、激しい怒りや恨みの感情が出ることだってあるでしょう。

そして、情の深い人ほど、自分と結びつきの強かったモノが失われた際に引き起こされる否定的な感情の強度が増すのです。その強い感情に心全体が呑み込まれてしまい、理性的な言動を失ってしまうことだってあるでしょう。

 

 

しかしながら、「感情的に行動すること」は危険であり、社会的な場面で悲しみ・怒り・恨みなどの感情を生々しく表現してしまえば、結果として社会的な信用を損なってしまうかもしれません。

こうした、感情に呑み込まれてしまう状態を終わらせ、自分自身の姿を客観的に見ることができ、理性的な判断が優勢になれば、あなたは間違いなく成長していくのです。

 

つまり、あなたが人として「成長していく」ためには、たとえ強い否定的な感情が現れたとしても、それを「安全」かつ「理性的」に処理していかなければならないのです。

 

 

 

 

「喪失」の事実を認め、それに伴う情緒を味わって通り抜けることは、苦しくはあっても心の成長のためには必要な出来事なのです。

 

(「喪失」からの立ち直りに際して、場合によっては長い時間かかることもあるでしょう)

 

 

 

「忖度(そんたく)」の弊害

「忖度 (そんたく)」とは、他人の心を推し量ること。通常の社会的関係では、少なくとも自分の意図や願望を明確にして相手に伝えることがコミュニケーションを成立させるためには必要です。

ただ、この「忖度」のコミュニケーションでは、わざわざ言葉にしなくても、阿吽の呼吸のようなもので一方が他方の考えを読み取って、何らかの行動を起こすことが期待されているのです。

 

しかしながら、このような密着度の高いコミュニケーションは、現実問題破綻しています。従って、忖度の破綻により人々は相互に責任を押し付け合い、攻撃し合い、ストレスが拡大していくのです。

昨今の社会情勢は、忖度に過剰に頼るコミュニケーションの限界を示しているのです。

 

 

 

「忖度」が機能するのは「ムラ社会」の内部だけ。背景事情を共有しない他者とのコミュニケーションにおいて、「忖度」が機能することはまずあり得ません。

 

さらに言うならば、「忖度」のコミュニケーションは、変化の早い現代社会の状況にマッチしていないのです。

 

ただ、この忖度があるからこそ、人間成長に不可欠な「うつ」と「損失体験」が多く生み出されている、のかもしれません。

 

 

それでも…

 

 

 

「うつ」に囚われずに生きていくためには

「うつ」に囚われずに生きていくためには、「忖度」に依存せず、明確な言語で自らの意図や欲求を表現していく必要があります。

結果として、人の成長には「うつ」と「喪失体験」が必要なのかもしれませんが、敢えて「うつ」と「喪失体験」を求める必要はありません。

 

社会におけるコミュニケーションの原基は、幼児が母に向ける期待…なのです。このコミュニケーションこそが「痛み」や「苦しみ」を伴いつつも、「感謝」という気持ちをもたらしてくれるのです。

 

少し難しい話になってしまいました。

結論がよくわからなかった…かもしれませんね。

 

ただ、ここで言いたかったことはただ一つ!

 

 

人間の成長には「うつ」と「喪失体験」が必要不可欠!

 

それを踏まえた上で、病的なストレスは上手く処理して生きていきましょう…ということです

 

 

 

 

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