尋常じゃない宇多田ヒカルの才能 & 能力から感じること

 

宇多田ヒカルさんの音楽には、抽象的な歌詞の中に生活臭のある具体的なものが突然出てきたり、逆に、日常的なことを歌う歌詞の中に抽象語がポンと出てきたりします。

一般的に考えると、歌詞って「大仰なこと」を言いがちなものなんです。それに、「寂しい」「会いたい」「愛してる」という言葉はすごく大きな輪で、それを投げれば誰かの心に必ず収まるようになっています。

 

これは誰にでもできること。

 

そうではなく、どれだけ小さい輪のような言葉を選んで、それを見事に刺さるように投げられるかが「歌詞作りの才能」だと思うんです。

その点、宇多田さんは曖昧な言葉をあまり使わず、対象をピンポイントで示す描写を使いつつ、所々に口語的な表現を必殺技のように繰り出してくるイメージがあります。

 

映画「キャシャーン」のテーマソングになった曲「誰かの願いが叶うころ」のサビ部分 ” 誰かの願いが叶うころ あの子が泣いているよ” という言葉は、シンプルでありながら、どこか心に突き刺さってきませんか?

もともと音数の多いアレンジが多かった宇多田さんにして、ほとんどピアノの弾き語りに近いシンプルなアレンジ。それでも、この曲を一聴すればこのアレンジになった理由がすぐにわかるというものでしょう。

 

 

そういった意味でもこの曲は、ポップソングの頂点の座をほしいままにしていた彼女が、文化芸術的な側面からも一段階上のステップに上がったことを証明する一曲だと思うのです。

基本的には非常にシンプルで「ありきたりな言葉」を使っているのですが、一つひとつの言葉を考え抜き、かつそれが宗教性や宇宙的なものにまでふっと突き抜けてしまう力を持っているように感じるのです。

 

これこそが「才能」というものなのではないでしょうか。

 

 

 

 

☆★ 宗教性を帯びている宇多田ヒカルの歌詞 ☆★

宇多田ヒカルさんは、誰もが知っているありふれた日常の豊かさを懸命に生きる生き方ができる「天才」です。

実際は、幼い頃からかなり特殊な家庭環境・音楽環境に生まれて、普通であれば狂ったり、病んだり、死んでしまっていてもおかしくなかった人生を歩んできていますが、彼女はそうはしませんでした。

 

美しいものも醜いものも、それらを全て呑み込んで消化吸収し、ナチュラルであり続けてきたのです。そこに驚きや凄さを感じると同時に、だからこそ、多くの聴衆の心に訴えるだけの音楽が作れているのでしょう。

普通であれば、恋愛関係は「相手と一体化したい、親密な関係になりたい」という気持ちが出てくるはずなのですが、彼女の場合はそこに「絶対に一緒になれない。むしろ好きになるほど相手が遠ざかっていく」というDistance が混ざっています。

 

 

そのDistanceがあるからこそ「永遠のFirst Loveがあるんだ」と言わんばかりに。。。身近な恋愛関係の中にさえ、一種の宗教性や祈りみたいなものが宿っているのです。

もしかしたら、彼女の音楽の基軸となっているテーマは、「救い」と「祈り」なのかもしれません。

 

 

 

 

☆ アルバム『Fantôme』に込められた想い ☆

2016年に発売されたアルバム『Fantôme』は8年半ぶりのオリジナルアルバムですが、その間に東日本大震災があり、母藤圭子さんが亡くなられ、再婚し、出産し……と、宇多田さん個人的にも大きな変化の時期でした。

特にお母さんのことがあるから、このアルバムはきっと深い悲しみや慟哭をほとばしらせるような、詠嘆的で挽歌的なアルバムになるのかな、と思っていたのですが。。。

 

実際に聴いてみると、「透明感」や「乾いた明るさ」みたいなものを感じてしまいます。達観の域なのでしょうか。これは、宇多田ヒカルからの東日本大震災に対するアンサーのひとつであり、彼女が培ってきた祈りや信仰のようなものを極限的な形で表現したものなのかもしれません。

さらに、KOHHとコラボレーションした『忘却』の中には、宇多田さんの死生観・宗教性みたいなものを感じ取ることができます。

 

 

♪ 〜 いつか死ぬ時手ぶらがbest 〜♪

 

死んだお母さんや我が子の存在を胸に、人生を様々な花束で彩っていく。そういう淡い明るさが感じられるアルバムに仕上がっています。

 

 

 

 

☆ 宇多田ヒカルにとっての家族と友愛 ☆

今までの宇多田さんは完璧主義みたいなところがあって、自分の曲に他人の手を加えたがらないところがあった気もしますが、『Fantôme』ではいろんな人とコラボレーションしています。

特に、KOHHさんの作詞した曲を自分のアルバムに入れたことは、彼女の中に何か大きな変化があったことを物語っています。

 

 

つまり、恋愛と友情、再会と喪失、あるいは母子愛などの境界が曖昧になった中で、「ともだち」という関係性を新しく開いているようにも思えるのです。

 

例えば、『あなたが待ってる』は、「あなたが待ってると思うだけで もうそれだけであったかい」と歌う、家族をテーマにした曲なんです。たとえ遠く離れていたとしてもその人のことを思い浮かべることで存在を感じるという詩…

 

 

 

 

☆ 母としての宇多田ヒカルは今後何を歌うか? ☆

『Fantôme』の中にはまだ「子供」のことが入ってきていませんが、今後はそういったテーマの曲も作られてくることでしょう。自分のお母さんとの関係を受け止めながら、消化し、「自分が母親になった」ことから生まれる音楽というものが必ずあるはずなんです。

楽しみですね〜!宇多田さんが「母である自分」をどう歌うのか?「母から子へのメッセージ」ソングをどう歌っていくのか?想像しただけでワクワクします♡

 

宇多田さんが、童謡や子守唄のような「母的」な歌を作るとしたら、そういうものも聴いてみたいですよね♡

本当に楽しみです♡

 

 

 

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