北斗晶と佐々木健介の闘病が紡いだ深い絆と夫婦愛

 

2015年夏

癌の告知を受け、右乳房全切除という女性にとってあまりにも残酷すぎる大手術を受けたタレントで元女子プロレスラーの北斗晶さん。

その後彼女は、癌の転移が右脇のリンパにもみられたため、再入院し抗がん剤治療と放射線治療を続けました。

 

あの衝撃のガン告知から1年…

 

 

 北斗晶さん、笑顔の誕生日! 

乳がん治療中の北斗晶バースデーパーティ

「昨日はチャコの誕生日だったんですが、仲のいい友達がみんなお祝いに来てくれたんですよ!チャコはとっても喜んでいました!」 by 佐々木健介

ちなみに、北斗晶さんの簡単なプロフィールは、本名:佐々木久子、出身地:埼玉県吉川市、生年月日:1967年7月13日

 

北斗晶さんは49歳になりました!ハッピーバースデー 

 

(ご主人の佐々木健介さんは1966年8月4日生まれです)

ガンの告知から1年が経ちました。北斗さんは頭を丸刈りにしていますが、ブログにアップされた写真からは満面の笑みが。思ったよりもずっとずっと元気そうで良かったですね。

北斗晶の誕生日を祝う笑福亭鶴瓶

 

それでもやっぱり…

 

 抗がん剤治療はつらい! 

夫の健介さん曰く、「調子の良いときと悪いときの波が結構あるんです」。やはり、抗がん剤治療は元アスリートにとっても簡単なものではないようです。

それでも、北斗さんは家族に心配かけまいと、明るく元気に振る舞おうとしています。体だけでなく、精神的にもかなりのダメージがあったはずですが、その抗がん剤治療もようやく終わったようです。

 

「おかげで、体はだいぶ楽になったようです。」と健介さん。

 

 放射線治療とホルモン治療 

辛い治療を乗り越えて、気軽に外出できるほどに回復した北斗さん。彼女は現在、放射線治療を受けるため、病院に毎日通っています。さらにホルモン治療も始まりました。とにかく腰を据え、ガンとしっかり対峙していくしかないのです。

 

 闘病生活で家族が学んだもの 

「彼女の病気を通じて、家族全員が時間のありがたさ、人のありがたさを実感しています。」

「いまは毎日、1分1秒を大切にしていきたい。」

家族は皆、心からそう思えるようになりました。病気は悪いことばかりではありませんね。

「誕生日の日、チャコの笑顔は最高でした。彼女は、僕にとってひまわりの花。あの明るさが僕を癒やしてくれるし、誰よりも一番大切な人なんです」

愛妻への思いを照れくさそうに語る健介さんの顔は、はにかんだ笑顔で満ち溢れていました

 

 闘病生活を送る北斗晶と看病する佐々木健介
振り返ってみると、2015年12月 (抗がん剤治療中)、夫の健介さんは悲しみをひた隠しながら、妻のため、子供達のため懸命に頑張っていました。

 

 ありがたい妻の存在 

《本日は3回目の抗癌剤投与!! 1回目も2回目も…色々違ったから今回はどうなる事やら…》

 

そうやって病と闘い続ける妻に代わり、夫の健介さんは仕事に家事、子供のお弁当作り、お見舞いと、今まで以上に忙しい毎日を送る中、収録現場で共演者から「絶対大丈夫!あなたはいい夫!」と励まされ、涙ぐむ一幕もありました。

 

しかしここでも、病気は悪い事ばかりではないことが証明されましたね。今回の一件で、これまで家事・育児・仕事を完璧にこなしてきた北斗さんのありがたさが身に染みてわかった健介さん。

 

『俺なんてまだまだ大丈夫!体力には自信ありますから!』と笑顔を見せていました

 

笑顔の佐々木健介

 

 

ところで、定期的に検査を受けていたはずの北斗さんはなぜ右乳房全摘出手術を受けるほどの状態になってしまったのでしょうか?

 

 

 乳がん検診!医師が語る確率5%の落とし穴 

 

《先生から告げられた時、あまりの恐怖とショックに初めて自分の事なんだと…泣きました。なんとか乳房を全摘出せず、癌だけを取り除く事は出来ないのか? せめて乳頭だけでも残せないか?

48歳と言っても、私だって女です。直ぐには、主治医の先生に「分かりました!胸を全部取ってください。」とは言えませんでした》

ブログには、“鬼嫁キャラ”ではない、一人の女性としての苦悩が綴られていました。この時医師からは「胸の事よりも、今は5年先10年先、生きることを考えましょう」と言われ、家族との未来のために全摘出を決意した北斗さん。

 

そもそも、彼女は毎年マンモグラフィーエコー検査を欠かさず受けていたはずなのになぜ?…

気付いたときには腫瘍が直径2.5センチ大になっており、脇のリンパ節に転移するほど成長していたのです。なぜ?

 

専門医はこう語っています。

「早期発見には、やはり北斗さんのような定期的な検診が重要です。一般的にがん検診は2年に1度。マンモグラフィーをベースに、40代からは超音波エコーを併用するなど、世界的にも効果が証明されつつある手法が確立できています。しかし、それでも、全体の5%ほどは癌が検出できない場合もあるのです」

 

 

 増え続ける日本人女性の乳がん罹患率 

 

実は、日本人女性の乳がん罹患率は年々上昇しており「12人に1人が乳がんにかかる」とも言われているのです。

 

発生は20代から始まり、40〜50代がピーク。そんな中、検診をすり抜けてしまう“悪夢のシコリ”が存在するらしいのです。

「(北斗さんもそうだった) 乳頭の下は、超音波検診で映像が濃く出てしまうためにわかりにくいのです。いわゆるブラインドエリア。また、検査後1年以内に急成長するタイプのガン細胞もあるのです。つまり、検査には引っかからない。北斗さんの場合もこの増殖型だったようです」

 

乳がんができやすい場所

 

5%も落とし穴があるだなんて…
信じられない…

 

 

それでも、定期検診の他にセルフチェックも大切です。

 

 

 

 早期発見のためにセルフチェックを! 

 

・乳房にシコリがないか?
・乳房の皮膚にひきつれやくぼみがないか?
・乳房の形や左右のバランスが違ってきていないか?
・乳頭がへこんだり、陥没していないか?
・乳頭から血の混じった分泌物が出ていないか?
・乳頭がただれていないか?
・わきの下にシコリがないか?

 

など…

通常とは違う兆候が何か一つでも見られたら、すぐに検診を受けてください。定期的ながん検診と併せて、こうした自己検診をしていくことが早期発見に繋がるのです。

 

 

 

 父が語る北斗さんの性格 

女子プロレス全盛期の北斗晶

「あの子はぶっきらぼうだけど、3姉妹で一番気が優しいんです。ドラマなんかを見ては年中泣いています。そんな子なんです。ガンのことは、私たちに心配かけまいとギリギリまで言いませんでした。」

「久子は、女子プロレスで今よりもっと大変な思いをしてきましたからね。試合で頚椎を骨折して、植物人間になるかもしれなかったんですよ。」

 

 

 不屈の魂を持つ北斗晶 

実は、1985年に女子プロレスラーとしてデビューした彼女は、1987年の初防衛戦で首の骨を折りました。まだ19歳の若さです。復帰の目途も経たない中、彼女は泣き暮らす日々を過ごしていたそうです。

この時、周囲の人たちは『ここで無理に復帰したら取り返しのつかないことになる』と言っていましたが、本人は『死んでもやるっ!』と言って聞かなかったとか。

 

・・・

 

ファンからの復帰を望む署名が10万人分以上も集まり、結局8カ月で治して復帰!

 

女子プロセルラー北斗晶の栄光と奇跡

 

お父さんは言います。「あのときの状況と比べたら今回はまだマシ。あの子は根性あるから!」

 

これまで、北斗さんは度重なる危機を何度も何度も乗り越えてきました。夫健介さんが所属するプロレス団体が倒産した時、一家は収入をすべて失い、ミルクを薄めて子どもに飲ませるほどの極貧生活だったといいます。

 

ここで一念発起!

 

北斗さんは夫をプロデュースするため立ち上がります!自らもプロレス界に電撃復帰し、タレントとして“鬼嫁キャラ”を前面に打ち出し、夫婦仲良くテレビに出演!これが転機となり、夫妻は大ブレイクしたのです。

 

どんなときも諦めず家族を支え続けてきた北斗さん。そんな糟糠の妻が病に伏した今、健介さんは「恩返し」とばかりに献身的な看病を続けているのです。

理想の夫婦、佐々木健介と北斗晶

 

 

 北斗さんの夢 

 

《私は愛する子供達の白髪の生えた顔が見たい。パパと2人で、年を取ってもいつまでも手を繋いで歩きたい》

 

この願いを実現させるため、北斗さんは涙を拭いてガンと闘い続けています。

 

苦労を共に乗り越えてきた二人だからこその深い絆…

 

これからも家族仲良くお幸せに

 

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