家族の死後、後悔で「うつ病」にならないために…

 

大切な家族 (特に親) の看取りは誰しもが経験するものです。ただ、「ゆっくりと最期のお別れをすることができなかった」と後悔する人も少なくありません。

まだまだ元気だからと大切なことを話し合わず、「ありがとう」と感謝の言葉を述べずにいると、その日は急にやってきます。そこで、お墓や相続、(万が一の際の) 延命措置のことなどをしっかりと話し合い、「後悔しない親との別れ」を目指しませんか。

 

「適切なお別れ」をすることができずに後悔の念を引きずっている方たちの中には、苦悩や悲しみに襲われ、精神的にまいってしまう人たちもいます。特に、母親への依存度が高い日本ではこの傾向が顕著です。

そこで今回は、家族の死後うつ病にならないようにするにはどうすればよいのか?ということをメインテーマに考えてみたいと思います。

 

 

 

 

 

「母ロス」・・・

遺影の母は、笑っています。

「(敢えて) 笑っている写真にしたんです。だけど、見るとつらいんです。」

Aさん(20代女性)はそう言うと涙ぐみました。

 

Aさんは最愛の母を胃がんで亡くしました。母娘ともに「治療すれば必ず治る!」と信じ、母も治療に積極的でした。母とは離れて暮らしていましたが、仕事が休みのたびに実家に戻り、母との時間を大切に過ごしました。

しかし、、、次第に母の病状は悪化し、体調は一気に悪くなり、最期は家族に看取られ亡くなっていったのです (享年60)。

 

「もっと、一緒にいたかったです…」

Aさんにとってのお母さんは、どんな時も強い味方でいてくれ支えてくれるとてもありがたい存在でした。中学・高校時代には反抗期もありましたが、それでも母は毎日弁当を作ってくれました。そんな優しかった母の死を、今でも受け入れることができないといいます。

 

「いつも母のことを頭のどこかで思っている感覚です。」

 

 

 

 

 

「母ロス」= 対象喪失反応

 

 

「寂しさはなくなりません。」

今もふとした瞬間に悲しみのスイッチが入ります。

 

「一緒に、どこか旅行に連れていってあげたかったなあ。」

特に、母と過ごした実家に帰ると様々な思い出が鮮明に蘇り、涙がこぼれてきます。洋裁が得意だった母が残してくれた洋服や小物。一つひとつに母との思い出が重なります。

 

人には必ず誰かとの別れが訪れます。それでも、(特に) 母親を亡くした際には「母ロス」と呼ばれる苦悩や悲しみに襲われる人が少なくありません。

欧米では、配偶者を失った場合にこの対象喪失反応が出やすいのに対して、日本では、母親を失った時に顕著なようです。つまり、欧米では配偶者同士の絆が強いのに対して、日本では親子間の距離が近いためなのです。父親より母親を亡くした時の喪失反応が強いのは、それだけ母子関係が強いからです。

 

一般的な母ロス反応として

(1)心身の不調

(2)故人のことばかり考える

(3)故人の死にまつわる罪悪感

(4)敵意のある反応

(5)喪失前に果たしていた役割がうまく果たせなくなる

 

といったことなどが挙げられます。

 

 

 

 

 

最後の場面で生じた後悔

 

まず、「母ロス」で強烈な対象喪失反応が現れてしまうと「冷静な対応ができなくなって」しまいます。

都内に住む自営業のBさん(40代男性)もそんな一人です。Bさんは昨年、母親をがんで亡くしました。数年前から入退院を繰り返していましたが、亡くなる前日は自宅で家事をこなし、普段とあまり変わらない生活をしていました。

 

それが明け方、急に具合が悪くなり、病院に搬送されたその日のう地に亡くなってしまったのです。家族全員で母の最期を見送ることはできました。それでも、今も終わらない後悔が続いているといいます。

「何度も思い返すのは、最期の見送り方があれでよかったのかということです。」

 

母と離れて暮らしていたBさんは、母の危篤を聞くとすぐ病院に駆けつけました。すると母は「のどが渇いた…」と言ってしきりに水を飲みたがっていました。

でも、看護師から「水を飲むと誤嚥を起こす心配があるので…」と言われ、小さな氷を口に運ぶことしかできませんでした。だけど、Bさんは「最期に水ぐらい好きなだけ飲ませてあげたかった」と悔いを残しているのです。

 

「ありがとう」と感謝の言葉を伝えることができなかったことも悔いに繋がっています。「母に、今までのありがとうを言うことができなかった。母に、最期であることを認識させたくなかったから…」

 

 

 

 

 

「母ロス」を乗り越えるには?

 

すべてをやり尽くして母親を見送れた…という方はけっして多くはないでしょう。皆、何とか前向きにやっていこうと考えてはいますが、大なり小なり引きずるものがあるはずです。「時」が「傷」を癒し和らげてくれるのを待つしかありません。

専門家によると、母親が亡くなった際、混乱して自己コントロールを失い冷静な対応ができなくなり、医師や看護師などの病院関係者に攻撃的な衝動が表れる場合もあるようです。そして、この衝動が自分自身に向かった場合に「罪悪感」「自責の念」となるのです。

 

では、「うつ病」にならず立ち直るにはどうすればいいのでしょうか? 体験者の話によると、「母への手紙を毎日書いて客観的に自分の気持ちを知るようにした」「時間が解決してくれた」といったことから現実を直視するようにして、次第に元気になっていく方が多いようです。

都内に住む会社員のCさん(50代男性)は、10年ほど前に母親を80歳で亡くしうつ病を発症しましたが、現実と向き合うことで「母ロス」から立ち直ることができたそうです。

 

人は必ず死にます。そのことは誰でも、頭ではよくわかっているはずなのですが、いざ大切な人を亡くしてしまうと心にぽっかりと大きな穴が開いてしまいます。

Cさんの場合は、母親の死から2、3カ月経った頃から物忘れが激しくなり、気分が晴れず、一日のうちで気分がコロコロ変わる気分変動が大きくなったようです。仕事にも支障が出ました。

 

症状は良くならず、ついには精神科に入院することに。。。入院中、投薬を中心とする治療がなされましたが、同じ入院患者や友人らに励まされる中で、現実を見つめ直すことができたのです。

「人は遅かれ早かれ必ず死ぬんだ…」と心から思えるようになったのです。それからは、積極的に治療に取り組み、母の死を受け入れることができるようになり、半年で退院できたのです。今は、母親のいない生活を普通に受け止められています。

 

 

 

おわりに

 

「僕がこの状態でいても、母はけっして喜ばないと思ったんです。」

 

日本人は特に、愛着の対象は死んでも心の中に生き続けるため、現実を直視し思い切り悲しむことが大切なんです。

また、配偶者や友だちなど、グチを聞いてくれる人がいることも大事です。そうやって、悩み苦しみながらも心の中にしっかりと (故人の) 居場所をつくり、心の中に生かし続けることが大事なのです。

 

逆に、対象喪失という事実から目を背け一心不乱に仕事に没頭したりするばかりではいつまで経っても喪失というつらい現実を消化することはできません。

「現実をしっかりと受け止め、自分の人生を前を向いて精一杯生きましょう!」

 

あらゆる物事において、100%ということはまずありません。それは見送り方や治療法でも同じこと。誰だって、その時はわからないなりに最善のことをしてきたはずなんです。そんな自分を容認してあげましょう。

誰だって、亡くなった母親のことを思い出し、会いたいと思うものなんです。時々、余命を告げたほうがよかったのか、抗がん剤をやめさせればよかったのか、病院を変えればよかったのか…といった後悔の気持ちまで蘇ってきます。

 

それでも皆、少しずつ、悲しみや後悔と折り合いをつけて生きていっているのです。

まずは、頑張れた自分を褒めてあげてください。これからも自分の人生を生きていくのですから😌

 

 

 

 


最終更新日:2017/12/04