野垂れ死にするほどに自由に生きよう☆

 

人は皆、壁にぶつかり、迷い、悩み、苦しんでいます。しかしそれでも、人は家族やペットの存在に癒され、趣味や休息、旅行などを生きる糧として笑顔で歩んで行っているのです。

それでも、中にはやる気が出なくなったり、物事から興味がなくなったり、億劫な気持ちになったりという「心の症状」が出てきます。

 

そこで今回は、

精神的なストレスを抱え込んでしまっている方々の眼前に立ち込めている深い霧をパッと晴れさせるべく、ある一つの考え方を紹介してみたいと思います。

 

 

 

「遊行という考え方を知ろう

古代インドの聖人が人生を「四住期」という4つの時期に区切っています。それぞれどんなものなのか、順に見ていきましょう。

 

①「学生期(がくしょうき)」

これは生まれてきた命が学び成長する時期のことです。複雑で難しい時期でもありますが、あり余るパワーが外に向かい、大切な人生の土台を作るのだといいます。

 

②「家住期(かじゅうき)」

これは①をステップにして成熟していく過程時期のことです。この時期に家族をつくり家を作ります。人によっては会社、組織を作り、リアルな世界に根を張るわけです。

 

③「林住期(りんじゅうき)」

これは老年を迎えていく時期のことで、人間とはなにか、生きるとはなにか、様々な「人生の問題」を解決しようとするのだといいます。

 

④ 「遊行期(ゆぎょうき)」

これは死の準備の時期のことです。人生の締めくくりの時期とも言えるでしょう。

 


 
この中の最後のステージである「遊行期」は、人によって解釈の仕方は異なるでしょうが、筆者は、「人生の様々な問題」から解放され、自分に正直に、肩の力を抜いて、しがらみから離れて生きていく大切な時期だと考えています。

つまりは「好きに生きていい」ということです。この「遊行」とは、人によっては「解脱」「煩悩」から自由になることを目標にする時期でもあるでしょう。また、文字通り「遊び、行く」という考え方であってもいいと思うんです。

 

フラフラしてもいいでしょう。疲れ切っている今こそ、「遊行期」と考え、自分の好きな仕事ややりたいことをするときでもあるのです。

(最終段階 = 終活 というわけではないんです)

 

 

「遊行」とは、1人の人間が子どもの頃のような自由な心で生きること。先入観などにとらわれず、こだわりなど捨てて、“遊び“を意識することだと思うのです。

様々なしがらみの殻を打ち破って、生命のもっと根っこの部分で世界を生きてみてはいかがでしょうか
そう考えれば、生きて行くことも楽になりそうですね!

 

 

 

野垂れ死にするほどに自由に生きよう!

世の中には、いろんな生き方をする人がいていいんです。だからこそ、若者からお年寄りまで、女も男も「遊行」を意識してみたらどうでしょうか。

仮にあなたが30代であっても、仕事に人生に疲れきってしまっているのであれば、「遊行」の意識を持って生きてみたらいいと思うんです。

 

 

深い苦しみの中にいる人は、生きていることがとてもつらいはずです。中には自殺を考えるほど思いつめている人だっているでしょう。であれば尚更のこと、「遊行」を意識し、野垂れ死するほど自由に生きることによって、苦しみから解放され、人生を大逆転させることだってできると思うのです。

 
 
 

誰でも、いつでも「遊行」を生きられる

「つらい」「しんどい」「鬱々としている」…

違うはずです!

 

子供の頃にあなたが思い描いていた人生は、もっとダイナミックでバラ色だったに違いありません!

であれば、今日この時から人生を強く生きていくべく、「遊行」を生きていくべきなのです。

 
普通の人生の道筋では、林住期を経て遊行期に入ります。具体的には60代後半くらいからでしょうか。でも、再々お伝えしているように、若者であっても自身のタイミングによっては今すぐにでも「遊行」を歩んでいってもいいんです。

 

生きることは大変だけれど面白くもあるのです。体の底からこみ上げてくるチカラを感じながら、ストレスの薄い「遊行」を生き、もう一度自分らしい人生を取り戻してみませんか

「遊行」を意識することで、若者や働き盛りの人であっても、人生をおもしろく生きられるようになるでしょう。「学生期」や「家住期」に特有の“義務感“のようなものから解放され、ふっと自由になれるのです。自分らしく、何か夢中になれるものを見つけましょう!

 
 
 

「遊行」を意識すると失敗が怖くなくなる
「遊行」の考えは、単に遊び暮らすというものではありません。時に常識に争い、あえて自分を “壊す“ 覚悟が必要です。

若いからこそ、つくっては壊し、つくっては壊し、すればいいんです。そう考えると、失敗が怖くなくなりませんか?

 
「遊行」しながら生きていくと覚悟を決めた人は、怒りたいときには怒ればいいんです。自然体で肩の力を抜き、達観したように怒らなくなる人がいても、それはそれでいいんです。

つまり、「遊行」とはあるがままに生きるということではないでしょうか。人生をよりよいものにするために、そして、深刻なうつ病に悩み苦しめられないためにも、自分らしく生きる努力をしてみてはいかがでしょうか

 

 

 

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