マリリンモンローの波乱万丈中絶人生

 

マリリン・モンローは15才の時に妊娠・出産しましたが、その後13回も中絶手術を受け、わかっているだけでも二度流産していたそうですから、16回は妊娠していたと思われます(それ以上の可能性あり)。

結局、15才の時に産んだ子供が一人いるわけですが、その後の3度の結婚生活では、子供を産みにくい体になっていたようです。

 

 

マリリン・モンローの生い立ち

父親が誰であるかもわからず、彼女はすぐに里子に出され、「家庭」というものをほとんど知らずに育ちました。それどころか、里子に出された先の家で彼女はどうやら虐待もしくは性的虐待を受けていたのです。
そもそも、彼女の母親の精神は、鬱病だった祖母ゆずりでいつも情緒不安定でした。そのため、結局母は精神病院に入院してしまい、再び彼女は里子に出されたり孤児院で暮らすことになったのです。

 

本当は両親がともに生きているにも関わらず「自分は置き去りにされてしまった」という事実は、その後ずっと彼女を苦しませ続けることになります。だからこそ、彼女は生涯「父親」のような「男性」を求め続け、後には失われた家庭を取り戻すために子供を産もうと必死になるのです。(そう思った時、彼女の身体はすでに子供を産めない身体になっていたのですが・・・)

 

 

悲しいことに、彼女は10歳を前にして暴力によって性体験をさせられます。15歳の時には妊娠、出産を経験したと言われています(その時の子供は里子に出されたようですが、その行方はわかりません)。そして、16歳の時、彼女は里親の都合によって無理やり近所の若者ジム・ドガティーと結婚させられることになりました。マリリン18歳の時には夫は海軍に入隊して不在。その後離婚します。

 

 

 

華やかに見える女優人生の陰

高級コール・ガールとして働き、映画制作会社「20世紀フォックス」の創設者と縁を持てたことにより、マリリン・モンローという芸名で世に出て行くことになります。

マリリンは俳優志望の同じ年の男と同棲していた時妊娠してしまい、女優を目指すために中絶手術を受けます。その後、こうした手術を何度も受けるようになり、若くして子供を産めない身体になってしまうのです。
マリリンは恋多き女。有名なチャーリー・チャップリンの息子や名優の息子たちとも恋愛話が次から次へと出てきます。やがて彼女はアルコールとクスリに溺れるようになり、不眠症がひどくなり、生活はどんどん荒れていきます。

(一説には、17,18歳の頃からすでに薬物に依存していたのではないか、とも言われています。彼女の独特のセックス・アピールは、クスリ依存から生まれたのかもしれません)

 

 

 

マリリン・モンローの結婚ライフ

マリリン・モンローの二人目の夫はプロ野球選手として超有名なジョー・ディマジオです。

 

 

彼は嫉妬深い性格で、彼女に対して暴力を振るうこともたびたびあったようです。彼からのしつこいプロポーズに根負けし結婚を承諾したともされています。新婚旅行として (仲睦まじい様子で) 日本を訪れたこともありましたが、しかし、「心理的虐待を受けた」として、結局結婚ごわずか274日で離婚します。

ジョー・ディマジオがマリリンを肉体的に満足させた、と言われているのに対し、3人目の夫アーサー・ミラーはあまりにも知的でした。一時期彼女が付き合っていたエリア・カザンを通して、彼女はアーサー・ミラーと出会うのです。
マリリンより10歳年上のミラーは、知的ですぐに彼女を惹きつけました。1957年、彼女は念願だった愛する人の子をお腹にやどしますが、結局流産。。。

 

そのショックもあり、大量に睡眠薬を飲んで昏睡状態に陥ります。こうした自殺未遂はその後何度も繰り返されることになるのです。1958年、名監督ビリー・ワイルダーのもとで相変わらずトラブルを連発。しかし、その間にも彼女は再び流産しており、仕事のストレスと子供を産めない苦しさの板挟みで、アーサー・ミラーとの仲もしだいに悪くなっていきました。

 

その後、イブ・モンタンやケネディ兄弟たちとの噂もありましたが、彼女はすでに子供を産めない体になっていたのです…

結局、マリリンには何人かの「子供を産んでいる」とする噂が絶えませんでしたが、真相はよくわかっていません。真実は闇の中にあるのです。

 

 

ただ、ジョー・ディマジオのマリリンへの愛は本物で、離婚後もマリリンを支え続けていました。彼女が新しい恋に傷ついた時、心ないマスコミに攻撃され孤独に陥った時、一途に支え続けていたのはジョーでした。彼女の亡くなる数日前、ジョーは友人に「僕たちはまた結婚するつもりなんだ」と語っています。

結局独身を通したジョーは亡くなる前、「死んだらマリリンのところへ行ける」という言葉を残しています 。生涯をかけてモンローを愛し続けたジョー・ディマジオ。彼はマリリンに永遠の愛を見つけたに違いありません。

 

 

人間は千差万別、様々な人生を歩んでいくものです。何が幸せで何が不幸なのかはわかりませんが、波乱万丈であったマリリン・モンローの人生もまた、不幸の中にも幸せがあったに違いありません。

あなたの人生における100の良かった思い出を挙げてみてください。きっと、辛い中にも「自分は幸せに違いない」と思えてくるはずですよ!

 

 

 

マリリン・モンローのプロフィール

 

・本名:ノーマ・ジーン・モーテンソン

・洗礼名:ノーマ・ジーン・ベイカー

(のちに裁判所の決定を受け、本名がマリリン・モンローとなる)

・生年月日:1926年6月1日

・没年月日:1962年8月5日

・出身地:アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス

 

 

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