発達障害を「犯罪」でなく「天才」にするプラス思考の子育て法

宮崎勤や酒鬼薔薇聖斗と聞いて、あなたは何を考えるでしょうか?秋葉原無差別殺傷事件は?三鷹ストーカー殺人事件は?

冒頭から嫌なことを書いてしまいましたが、近年、社会は複雑化し、ストレスが増え、毎日のように日本のどこかで悲しい事件が発生しています。

 

いったいなぜなのでしょう?

 

理由は様々で、ここでそういった議論をするつもりはありません。ただ一つ言いたいのは、猟奇的な事件を引き起こす加害者が皆、発達障害が原因ではないということ。

 

物事を短略的に考える多くの人たちは、「犯人は精神鑑定で社会性に問題ありと判断されたコミュニケーションが苦手な人物、どうせ発達障害者なんだろ」と考えがちです。

 

そうではないんです!

 

確かに、社会性に問題のある人物が犯罪に手を染めることは事実とも言えるのですが、犯罪には、生きてきた環境が一番影響を与えているのです。けっして「発達障害 = 犯罪者」ではないということをまず最初に覚えておいてください。

 

 

その上で、実際に起こってしまった事件をもとに「発達障害」について考えてみましょう。

 

発達障害を「犯罪」でなく「天才」にするプラス思考の子育て法

 

 

 小学生飛び降り強要事件 

2013年、小学2年生の女の子が同じ学校の4年生女子児童に「飛び降りろ」と命じられ、マンションの屋上から飛び降り重傷を負う事件が発生しました。

事の経緯はこうです。

4年生の女子児童は、2年生の女児が縄跳びを振り回しているのを見て注意。さらに説教しようと9階建ての自宅マンション屋上に連れて行き、「飛び降りろ。ここから落ちて死んでしまえ」と言って飛び降りを強要したというのです。

 

2年生の女児は木の枝に当たるなどして一命は取り留めましたが、肋骨と足の骨を折り、重傷を負ってしまいました。

 

 

 「広汎性発達障害」の子が起こした事件の判決 

4年生の女児は重度の難聴で、事件後、「社会性の乏しさなどがみられる広汎性発達障害だ」と診断されました。

 

広汎性発達障害とは、症状の軽い人を含めると100〜200人に1人の割合でみられる発達障害の一つであり、自閉症・アスペルガー症候群・トゥーレット症候群・小児期崩壊性障害などが含まれます。

 

判決は、年齢や障害などを考慮して、「4年生の女児に責任能力はなかった」と判断。その上で、両親の監督義務については「専門家に相談するなど子育てに相当の努力を払った」と認める一方、「他者が思い通りに動かないと怒りを持つ女児の傾向に気づいておらず、対応は不十分だった」として賠償責任を負うと判断したのです。。。

 

未成年犯罪者の親の監督責任と賠償義務

 

 

 「育てにくい子の孤独な子育て」と事件によって追い込まれる親たち 

こういう報道をされると、まるでアスペルガー症候群などの自閉症スペクトラムに代表される発達障害児を持つ親は、世間から「将来、事件を起こす可能性のある子」という誤った偏見の目で見られることがあります。

ただでさえ育てにくい子の孤独な子育てで悩んでいるのに追い打ちをかけられ苦しみます。

 

確かに、発達障害を抱える人たちはその場に応じた臨機応変な対応が出来ず、融通がきかないところがあります。

例えば、横断歩道を赤で渡っている人や車内で携帯電話を使用している人を許すことができず、声を荒げて注意したりすることがあります。

それは、彼らにとっては当然のことであり正論なのです。それでも、見知らぬ相手から叱られた人はたいてい嫌な思いをするでしょう。

 

 

 育て方で未来は変わる 

世の中には、身体障害や精神疾患、発達障害などの障害を持つ人たちが本当にたくさんいます。そんな彼らを好奇の目で見たり偏見で差別することこそが、社会の膿だと思うのです。

 

偏見がなければ…

イジメがなくなれば…

 

世の中はもっともっと住みよくなります。

 

そう、皆がこれら特性を持つ人たちのことをきちんと理解してあげることさえ出来れば、、、親は孤独に悩み苦しみ子育てする必要もなくなり、安心して専門機関でソーシャルスキルトレーニングを受けることだってできるのです。

 

 

結果、育てられ方は変わり、、、

子どもたちは1年中親や先生から叱られ、友達もできず、「自分は価値のない人間だ」などと自暴自棄になり自己否定することがなくなるのではないでしょうか。

心の病を発症したり、自傷したり、他害に走り事件を起こすことだって減ってくるはずなのです。

 

障害児の才能を伸ばす教育と子育て法

 

・・・

前振りが長くなりましたが、ここから本題に入りたいと思います。

 

 

 発達障害を「天才」にしたプラス思考の親の考え方 

「相対性理論」で有名なアインシュタインは発達障害だったと言われています。

わが子が“発達障害”と診断されてしまうと「普通の子ではないんだ」「みんなと一緒じゃないんだ」「この子の将来はお先真っ暗だ」などと悩み、その行く末を悲観してしまう親も多いことでしょう。

でも、別の見方をすると「人と同じようにバランスよくいろんなことは出来ないけれど、秀でた才能がある」とも言えるのです。

 

「アインシュタインも発達障害だったんだ」と思えば少しは感じ方も違ってくるのではないでしょうか?

 

そう、誰よりも、親がプラスの見方をすることで子どもの将来は大きく変わっていくのです!

 

 

 マイクロソフト社は自閉症の人を積極的に採用 

2015年、マイクロソフト社は自閉症の人をフルタイムで採用することを発表しました。

 
自閉症の人たちは、マイクロソフト社が求めている強みを持っています。それぞれに個性があり、素晴らしい記憶力を持つ人もいれば、深い思考力を持つ人もおり、数学やプログラミングに秀でている人もいます。

 

発達障害者の希望と周囲の理解

 

 

 こんなにいる!発達障害の有名人 

 

・エジソン

・トムクルーズ

・ビルゲイツ

・ステーブジョブス

・黒柳徹子

・ウォルト・ディズニー

・スピルバーグ監督

 

 

彼らはほんの一部です。

ネットで調べるとわかりますが、歴史に残る偉業を果たしてきた偉人たち・有名人の多くは発達障害だったのです。

もちろん、この人たちは”発達障害だから”偉業をなし得た”のではありません。その特性を活かすことができるよう、周りの応援や支援があったからこそ、その力を余すことなく発揮出来たのです。

 

 

 個性を活かしてあげましょう! 

逆に、「発達障害だから…」とみんなと同じことが出来るように教育していくと、「自分は人と同じことができない劣った価値のない人間なんだ」と自己否定してしまい、鬱や引籠り、自殺願望が出てきて、成功者とは程遠い状態となってしまいます。

自分の存在を消し去りたくなる衝動にかられ、とても苦しむことになってしまうのです。

つまり、障害があるから不幸なのではなく、対応次第でプラスにもマイナスにも変わるのです。

 

そのキーパーソンとなるのは親なのです!

 

さかな君栗原類なども「自分は発達障害だ」ということを公表していますが、才能を活かして活躍している人は世の中にとっても多いんですよ

 

発達障害をカミングアウトしたさかなくん

 

 

 「理解」と「サポート」で開花する才能 

人類の歴史を変える電球を発明したエジソンは、担任教師に粘土を使って「1+1の答は」と質問されたとき「1だ」と言い張りました。粘土と粘土を合わせれば1つの塊になると言うのです。

そんなエジソンに担任は「腐れ脳みそ!」と言い放ちました。母親はそんなエジソンの発想力を潰す学校にはもう置いていけないと考え、とっとと退学させ自宅で勉強を教えることにしたのです。

 

注意欠如/多動性障害(AD/HD)黒柳徹子さんのお母さんも、徹子さんを理解しない学校を退学させ、理解・支援してくれる学校に転校させました。この事実は“窓際のトットちゃん”にも記されています。

 

 

 親はいつでも子の応援団 

 

かといって、「発達障害 = 天才」と決めつけてはいけません。プレッシャーを与えず、温かく見守ってあげてほしいのです。

たまに「我が子は発達障害だから天才児 (gifted child)だ」と偏った教育ママに変貌する方がいます。でも、これだってある意味親の押し付けで子どもがしんどい思いをします。

 

(記事タイトルと若干矛盾しているようで大変申し訳ないのですが)

本人がしたいことよりも「親がこうなってほしい」が優先されてはならないと思うのです。親は常に子どもの良き理解者となり、「我が子が一番興味を持っているものは何なのか?」「何をしている時が一番幸せなのか?」を日々の生活の中で見つけてやり、本人が生き生きと過ごせる環境を幼児期に与えることが明るい未来を開くことに繋がるのです。

 

発達障害児の才能を伸ばす子育て法

 

 

 終わりに 

 

いかがでしたか?

 

育て方により人間は狼にも天使にもなるのです。「事件後に発達障害だと診断された」という言葉に、私はいつもやりきれない気持ちにさせられます。

 

繰り返しになりますが、 発達障害そのものが事件を起こすのではなく、その特性を理解しない育て方による二次障害(情緒や行動の問題、鬱、引きこもり、他害など)により引き起こされる ということを理解しておいてもらいたいと思います。

 

奇しくも、日本は超がつくほどの少子高齢社会となっています。とにかく子どもの数が少なすぎます。だからというわけではありませんが、未来のある子供たちを、社会全体で大切に育ててあげようではありませんか

関連記事: