40億の借金を完済した坂口杏里の母、良子さんの波乱万丈人生

 

2013年春、女優の坂口良子さんは横行結腸ガンと併発した肺炎により帰らぬ人となりました (享年57)。若くして急逝した美人女優・良子さんは、耐えることの多かった「日陰人生」でも、常に明るく振舞っていたようです。

 

彼女が亡くなってから4年後の春…

娘の坂口杏里さん (26歳) は、お金に困ってホストから3万円を脅し取ろうとしたとして、恐喝未遂容疑で逮捕されてしまいました。

 

これで杏里さんのまっとうな人生は “ジ・エンド”という感じがして残念でならないのですが、4年前に亡くなった母・坂口良子さんの強くたくましかった生き様を是非、見習ってほしいと思うのです。

美人女優として有名で、「順風満帆」人生だったようにも思える坂口良子さんですが、実は、スキャンダルにまみれ、公の場に姿を現せない時期もあったほどなのです。

 

 

 

 

「地上げ屋の女房」坂口良子

1986年、バブル真っ盛りの30歳の時に不動産会社役員と結婚した坂口良子さんは幸せいっぱい…のはずでした。ただ、時を待たずして巨額の申告漏れが発覚し、坂口さんは「地上げ屋の女房」とメディアに面白おかしく書き立てられてしまったのです。

1991年、そんな時代に生まれたのが娘の杏里さんでした。実は、相当お金に苦労して育ったようです。

 

 

その後、夫の会社は破綻状態になり、坂口さん名義の自宅が知らない間に担保に入れられ、ついには離婚 (1994年) に至ったのです。その過程で知らない間に連帯保証人にまでされており、背負わされた借金はなんと40億円以上!

(知らない間に連帯保証人にされたのであれば、良子さんだって被害者のはず) …にも関わらず、彼女は文句ひとつ言わず、借金を必死に完済し、プロゴルファーの尾崎健夫さんと再婚 (2012年8月) したのです。

 

大腸がんを患わなければ今も幸せな生活を送っていたはず…なのですが、再婚から半年後の2013年3月、57歳の若さで天国へと旅立ってしまいました。

杏里さんはそんな母親の姿を見て育ち、秘めた思いもあるはずです。多額の借金を背負ってもくじけなかった母の姿を思い出して、なんとしても、もう一度立ち直ってほしいものです。

 

 

 

 

闘病生活と娘のために再婚

尾崎建夫さんは病気のことをわかったうえで覚悟を決めて結婚したそうです。双方ともに、「最期は一緒のお墓に入りたい」ということらしいです。良子さんは、最後の最後まで、娘のために満身創痍になりながらも仕事をしていたそうです。

最期は、尾崎さん・長男・杏里さん看取られ旅立ちました。

 

 

15歳でデビューし、清純派女優として大人気となった良子さんの芸能生活を振り返ってみると、仕事は順調でしたし、一人目との結婚生活が破綻しなければ最高に幸せな人生だったに違いありません。

でも結局は、自分で汗水流して稼いで貯めたお金も全て消えてしまい…

 

ただ、返済のために無我夢中で働く彼女の支えになってくれたのが尾崎さんだったのです。良子さんの息子と娘と尾崎さんは、1年のうち2/3ほどは同居生活をしていたそうです (10年以上に及ぶ事実婚状態)。

それでも早々に入籍しなかったのは、「彼に借金のことで迷惑をかけたくない」という良子さんの思いと、「娘が彼に懐いてくれなかった」という現実があるようです。

 

一方の尾崎さんにも結婚に踏み切るには問題がありました。それは、40代後半になってなかなか試合に勝てなくなり、自信を失ってしまっていたこと。

 

 

それでも、杏里が仕事を始め、借金もクリアになり、結婚への障害はなくなったはず…だったのですが、ちょうどその時、良子さんの結腸がんが見つかったのです。

周囲からは「ガンが発覚し、結婚どころではない」と反対の声があがりますが、「どうしても一緒の墓に入りたい」という思いがあり、病気を承知の上で一緒になったのです。

 

 

 

 

 

娘に伝えたかったこと

入籍後も良子さんの闘病生活は続きます。2012年11月には長男を除く3人で「さんまのスーパーからくりTV」に出演。テレビで夫と娘が共演することが、良子さんの何よりの願いだったのです。

さらに母娘は化粧品のCMで共演を果たします。良子さんはこの広告の写真をとても気に入っていました。ちょうどこのころ、来期への契約更新の話があったことも嬉しかったようです。

 

 

亡くなる5日前にはわざわざ病院を抜け出し、ホテルまで行って契約書にサインをしたのです。なんとしても次の契約までは生きたいという、子供たちを思ってのことだったのでしょう。

女優・坂口良子は、そうまでして、やつれた身体にムチ打って、仕事に打ち込んだのです。そこまでしても娘のことが心配で心配でたまらなかったのです。

 

良子さんが一番心配だったのは建夫さんと杏里ちゃんのことでした。自分が死んでも家族のママでいてほしい。そう願っていたからこそ、良子さんは建夫さんに何度も「子供のことをお願いします」と言い続けていたそうです。

良子さんの願いが通じ、2人の関係は修復されていた、との情報も入っていたのですが、、、

 

杏里ちゃんの近年の乱れようは、こうしたトラウマの連続と発達障害に起因しているようで、なんとも言いようがありません。なんとか、強く優しかった母親を悲しませないためにも立ち直って幸せを手にいれてほしいものです。

 

 

 

 

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